2000-06-04 Sun 00:00
[短編]
母さん・・・自分は不謹慎です。
お父さんを探しに都会まで来たくせに中々会えず、さらに旅先で出会った不良さん達との行動を楽しんでいる点があります。
もちろん早くお父さんに会いたいです! ・・・けれど店長さんや奥さん、不良さんと別れるのを怖がっているんです。
・・・どうしましょう。
♪
「・・・ふぅ。 やっと見つけた」
♪
「おはようございまっす!」
「おう、元気だな」
「いよぉーす」
昨夜お世話になった食堂。既にとてもおいしそうな食パンと小さな湯気が見える目玉焼きが融合したものが人数分あります。
木製の椅子に座らせてもらい、奥さんが来るまでお預けです。
「昨日やった鉄アレイは使ったか!?」
「あ、い・・・いえ実は〜」
昨晩布団で寝ていたら起こされ、バイト料とセットに頂いた鉄物体。しかし部屋に案内される時に奥さんから櫛も受け取ってしまいました。結局どちらも使っていなかったりします。
「すみません・・・昨日は疲れていたので使用は自粛してしまいました・・・」
「あぁそういうことなら仕方ない!男はやはり―――」
「あ・・・店長やめた方が・・・」
自分たちの真ん中にある机の上に飛び乗り、筋肉を愛する人達が参加する大会の決めポーズで出てきそうなポーズを繰り出します(詳細は・・・想像にお任せします)。
「うおぉ・・・」
「わあぁ・・・」
「やはり逞しい!厳つい!そして―――」
一瞬シャツが破れてしまうのかと思ってしまうほど店長さんの体が膨らみ、ポーズを変えます。
・・・机大丈夫かな。
「美しぃぃぃく!!」
「・・・何がですか?」
膨張した筋肉は空気が抜けた様にしぼんでいきます。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・!」
角度的に奥さんの表情は見えませんが、真っ直ぐ店長さんを見つめています。不良さんは顔が見える様ですが・・・あれ?お化けにあったみたいに驚いてるや。
店長さんは固まっています。
「・・・まずは降りませんか?」
「お、おう」
「店長・・・がんばってください」
不良さんは祈りを捧げるみたいに喋りかけました。
「あなたは今何歳でした?」
「こ、今年でよんじゅう―――」
「知ってます。もう立派すぎる大人でしょう。
今時小学生でも食前に机に乗るなんてしませんよ?」
「す、すま―――」
「叱られてすぐ謝るなんて反省してない証拠よ?」
「・・・・ワ・・・ハハ」
恐ろしい・・・。次の動きを完全に先読みしながら言葉を全て喋らせなくしています・・・。もはや店長さんは何をすべきかも考えられていないかもしれません。
そしてニコリと奥さんは笑い―――
「三日間食事抜きね」
「!?」
「おわぁー」
「店長さん・・・」
情け容赦あらず・・・。
「ま、まさか本気じゃないよな?」
店長さんは猫背になりながら質問します。
「嘘だと思うかしら?」
質問で返されています。笑顔で。
「店長、がんばってください」
「ええええと、人間は水だけでも一週間は生きていけた・・・かもしれません!」
「せめて朝御飯だけでも―――」
しかし素早く店長さんの前から皿は無くなりました。どこにあるかと思えば奥さんの手に静かに乗っています。
「食べるかしら?」
「モッモライマス」
不良さんに太陽を思わせる表情で卵食パンを渡しました。 ・・・本気だ奥さん。
「それじゃあ朝御飯にしましょうか」
「はいッス!」
「よろこんで!」
自分と不良さんは一度立ち上がり背筋をのばしてから
「「いただきます!」」
「め・・・メシ・・・」
♪
「さて、今日も元気に働きますか」
昨日の金額だと、今日いっぱいか、今日と明日、少し働けば帰りの電車賃も十分なのでバイトも終盤となります。少し複雑です。
「うぐわぁ・・・」
一方肩を落としている店長さんは財布を没収され、仕事先でも何か食べないよう不良さんに根回しされているようです。奥さんは敵に回してはいけませんね、はい。
「んじゃ行ってくらぁ」
頭をしっかり固めた不良さん。しかし気になることが・・・
「不良さんのそれ、帽子で潰れるんじゃないですか?」
「っう」
真っ直ぐに目標物を指し、考えたくないことを言われたかのように不良さんは目を細めます。
「うっせーな。この頭はやることに意義があるんだよ。
誰もこんな時代後れの頭がかっこいいなんて思わないだろうが」
「自覚あったんですねー」
「・・・即答すんなよ、ヘコむから」
「?」
なんだか難しいですね。でも理由が気になります。
「その意義とはなんなのですか?」
「別に話すことでも―――」
「ぼうずぅ!行くぞぉお!」
「はーい! っま。行ってくるわ」
飢えた店長さんの声により仕事場に向かってゆきます。
「お気をつけてー」
ひらひらと腕を振って見送りました。
「あら、もう行ってしまったのね」
「あ、奥さん。
姿が見えないと思っていれば・・・どこにいらしたのですか?」
「今日の晩御飯、一人分不要になったからお隣におすそ分けに行っていたのよ」
「な、なるほどぉ〜」
知らない人が見たら眩しい笑顔だと最初に思うでしょう。唇を僅かに横に広げ、素敵な笑みを披露してくれます。
「そろそろ時間よ。昨日と比べたらお客さんが少ないからゆっくりできるわよ」
「それは助かります・・・!」
アレは地獄です、恐ろしかったです。疲れたです・・・。田舎でのお仕事の数倍の密度を秘めていました。
「それじゃ、かいて〜ん♪」
「はい!」
楽しそうな奥さんと共に、玄関の扉は開かれました。
「・・・ありゃ」
ぞろぞろとたくさんの人が押し寄せてくるかと想像していましたが、見事に的外れでした。
「きょとんとしているわね。八百屋なんてこんなものよ」
「ふはー・・・。昨日はあんなにいっぱいだったのに・・・」
暑苦しくなるほどの人だったのに、今日はまったく―――あ、いえ一人お客様が入ってきました。
「まったりしたものよ?朝一番に来る人は品質がよくわかる人ね」
「なるほど・・・」
「ちょっと在庫の鮮度が落ちてきたから、セールにして一気に売ったのよ。腐るよりはずっといいわ」
お店って大変なんだと理解し、安いものを手に入れる主婦の皆様の行動力に心の中で敬礼します。
「これとこれお願い」
「いつもありがとうございますね
あ、お会計お願いするわね」
「わかりました!」
見知ったお客さんを自分に任せ、仕事風景をじっくり見ています。
「見ない子ね、親戚の子?」
「いえいえ、バイトの子よ」
「あの!えと、初めまして!」
買い手様と会話するとは思いもよらず、動揺してしまいます・・・。
「こちらこそ。会計の方はいーい?」
「あ、はい!」
偉人様の描かれた紙を受け取ります。 えーと大根が○○円で、トマトが△▲円でしたね。 小さく可愛らしいブタさんの籠から余った分のお金を取ります。
「どうぞ!」
「ありがとう」
口元を押さえながら笑うお客様。 小銭を落としてしまわぬように丁寧に渡しました。 前は慌しくて考える暇がなかったけれど、こうやって人と接する仕事っていいなぁ。
「微笑ましいバイトさんね?」
「そうでしょうそうでしょう。こんな子が看板役なら売り上げも伸びるでしょう」
「なにを言ってるんでしゅか!?」
・・・噛んじゃった。
「ふふふ、長居したいけれど用事があるからこの辺で」
「はーい。またのご来店よろしくおねがいします」
「またのご来店をー!」
開店第一号のお客様が行ってしまいました。
「あの人はいつもセールの後に来るのよ、品質をしっかり見極めてるみたいね」
「そんなことができるのですか・・・」
全部ツヤツヤだとは思っていましたが、細かな点まで観察する人は居るのですね。でもそういう方がいらっしゃると言うことは、この店は他よりも良いお店ってことですよね。
「失礼〜」
また新しい主婦さんがお店の住人になりました。
♪
「野菜・・・」
食前の子供と同じ眼をした少女。
「どうしたんだい?」
「あ・・・何もありません」
「ふぅん」
何かに勘付いた旅人。
「・・・早く読みましょう」
「は〜いはい」
♪
店内とは不思議な空間に思えます。
次々に見たことがないお客様が訪れて、何かを籠や手に持って、本当なら生涯喋ることもなかった自分に話しかけて購入されていきます。 予想外だったのは皆さんお優しそうなのです。
チャラ兄さんみたいな人も都会には多いものだと思っていました。ちょっぴり嬉しい誤算です。
「んじゃそっちもがんばれよ」
何度か不良さんと元気の無い店長さんが帰ってきました。 昨日は偶然畑仕事をする人のお手伝いの日と被ってしまい、中々帰ってこれなかったようです。 農作物を生み出す方々は高齢な場合がほとんどで、そういった方には辛い重い物の持ち運び等がメインだそうです。 近年の日本では野菜不足で、その原因は生産者側の減少だそうです。 今の畑世代がいなくなると、日本は輸入だけの国になりつつもあるようです。 そんな老人方を、暇な日には草むしりなども手伝うみたいです。
午前はそこそこ人が着ました。 もちろん昨日と比べると少ないのですが、基本的には常に誰かが居て、個人営業の八百屋さんとしては十分だと思えました。 当初は幸先不安だった手先も徐々に慣れてゆき、声がブレるのも抑えることができるようになりました。 ・・・昨日はどうやって勘定してたか覚えがないや。
「それじゃあお昼にしようかしら」
「れれ?不良さん達は?」
「オニギリを持たせたわ。あの人には無いけれど」
笑顔。
「それじゃ、昨日の残りだけど持ってくるわ」
「は、はい・・・」
奥さんはキッチンの方へ向かい、自分は引き続きお店番。 丁度お昼時なので店に人影は無く、のんびりと給食を待てます。 思えば住み込みでご飯をいただき、こんなに厚遇で仕事が成り立つのでしょうか。 都会では人件費はお国が受け持ってくれたりするのかな。
「オイ」
「あ、不良さんお帰―――」
咄嗟に呼びかけられたので脊髄反射で答えましたが・・・ありゃ?
「不良って誰だよ、それより店員」
「子供君ですか〜」
「子供って言うな!」
反応までそっくりだ。
不良さん2号こと子供君は白色の服を着ています。 ・・・いや、これは野球のユニフォームと言うものだ。 帽子もなんだかそれっぽい感じが出ているし、スポーツバックも右肩からぶら下げています。 背は不良さんの半分くらいで自分の頭二個分下である。 よく焼けている素肌が見えます。 あ、髪が女性みたいにサラサラだぁ。
「オイ店員。ここのでかい店長を出せ」
「いませんけど・・・」
「はぁ!?」
でかいって言えば店長ですよね。 仕入れのある日と無い日があって、店番をしている時にでも見かけたでしょうか。
「―――ぁー、もうどうすっか―――」
自分に背を向けて考えこんでいます。 困ってるのかなぁ。
「あのー・・・どうしたんですか?」
「・・・お前元気なさそうだよなぁ」
とりあえず現状の店長さんよりはあると思います。
「まぁいいや。お前! 秘密は守れるか?」
「人並みには・・・」
「それじゃ、お前でいいや。 俺を手伝え」
「へ?」
「なんかバイトっぽいな、管理者に一言行ってくる時間くらいやるよ。 さっさとな」
「え?え?え?」
「早く行って来い!」
「はい!!」
思わず立ち上がって食堂に居るであろう奥さんの元へ、脱兎の如く走って行きます。 自分って意思が弱い・・・。
都会で叱られた部下が慌てて仕事をやり直すって感じかな。 こんなに大きな場所で皆様歩き回って何をしているのかな。 万歩計を常備してたらどの程度の歩数になるだろうか。
なんて考えてる内に目標地点へ辿り着き、ほとんど完成したオニギリを二人分の皿に置いている奥さんが目に入りました。
「あの!奥さーん!」
「どうしたの慌てて?」
「こ、子供君が手伝えってバイトだからすぐに時間を来いって!」
あれ?なんかおかしいな。
「・・・なるほどね。 子供がアナタに何かを手伝えって言って、バイトだから私に断る時間をあげるからすぐ来いってことね」
「は、はい!」
よくよく思い返してみれば凄いことを言っている。 理解できた奥さんは探偵並の推理力じゃないかと思います。
奥さんは自分の話を聞きながら、米の塊を持ち運びできる様な袋に詰め込んでいました。
「行ってらっしゃい。なんだか楽しそうじゃない」
好奇心の含み笑いを見せる奥さん。 ビニールの中にオニギリが4つ入っており、それを自分に渡してくれました。
言葉が足らないかと思いながら精一杯お礼を言って、回れー右です!
「お昼過ぎは一人でも十分だし。何より若いうちは遊ばないとね」
お皿の上から今作ったばかりの物を食べながら言いました。
「お待たせしました!」
「遅いぞ!」
「すみませんです!」
っは。 小学生相手にどうして敬語で部下口調なのでしょう!? 直さねば直さねば!
「子供君! 年上には敬語を使わないとダメでしょう」
「あぁ? 年齢で人を見るのは安直すぎるぜ。 今だって上司の息子とかには敬語使う大人だって居るし、昔の貴族だって階級が上の子息には敬語だったんだ。 初対面のアンタに俺より立場が上だとなんでわかんだよ?」
「へ。 あ、いえいえ、それが社会の〜、の〜」
なんて言えばいいかわかんない・・・。 小学生に口喧嘩で負けた・・・。
「さっさと行くぞ」
グスンとすすり泣く自分を尻目に、さっさと店を出てしまいました。ボロボロぎみのMYシューズに足を突っ込み、急いで追いかけます。
はて? なぜ自分はあの子に着いて行くのでしょうか。 なんの前触れも無くやって来て、一方的に用件を言われただけで全貌も聞いていません。 外出している間は銭ももらえないですし、子供君を手伝ってもどうなるかわからない。いつ終了するのかも・・・。
あ、そっか。
困ってる人は助けないといけませんよね。 損得は二の次なんですよね! お母さんの教えを思い出し、我ながら単純だと軽く自責して店を出ました。
♪
「俺は今賞金首を捜している」
「えー!?」
少し人通りが大きい街中を歩きながら、小声で凄いことを暴露されました。 いろんな音が飛び交うので聞き取るのが難しかったです。
「報奨金は20万だが、十分な金額だ。 成功したらお前にも半分やるから気合いれろよ」
「で、でも指名手配犯さんでしょ!? 一体どんなことをしたんですか!?」
「食い逃げ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙が流れます。 ふ、普通はそんなもので賞金首になるのでしょうか・・・。 ここは日本です・・・。
「なんでも100か200件くらい食い逃げしてるらしい。 店舗から店舗への最重要注意人物らしいんだ」
「すごぉ・・・」
人が少ないビルの隙間の小道へと曲がりました。 世の中には凄い人もいるもんだなぁ。
「見た目によらず、足が速いらしくて、街中で発見されてもすぐに撒かれるそうなんだが」
「それじゃあ自分たちが見つけても無理なんじゃ・・・」
「話を最後まで聞け。 そいつがアジトらしき場所に行くのを俺が目撃した」
「!
すごいですね! それじゃあ後は警察に―――」
「ばーか。 目撃情報だけじゃ貰えないんだよ。罪状もチンケだしな。 感謝されて終わりじゃもったいねぇ。 捕まえたほうが得じゃねぇか」
「たくましいですねー・・・」
自分は絶対にそんな考えにならないです。田舎の交番にも指名手配犯は載っていました。大野・・・忘れちゃった。全国的な人しか載ってなかったけど。でもそんな物を見ても
(貰えたらいいなぁ)
って思うだけで、実際行動しようなんて思いもしませんでした。小学生がそこまでしてお金を欲しがるなんて何かあるはずです。都会は高給ですからね!
「なにか理由でもあるのですか?」
「ん。 まぁいいじゃねぇか。
それより見えてきたぞ」
「え!もう―――」
やはり悪のアジトっぽくカラスさんがいっぱい飛んでたり悪雲がたくさんなのでしょうか!
「・・・なんですかコレ?」
「壁だなぁ」
小道の置くには少しスプレーで落書きされているコンクリート製の壁があります。 ところどころに欠けていたり、コーヒーか何かの染みなどがあります。 横にはバケツが一つにゴミ袋が山の如くたっくさん。 まさかゴミ山の中に・・・!
「食い逃げさんって小人さんなのですか?」
「違う!前はここで見失ったんだよ!」
「なるほどぉ!」
そ、そうですよね。 結構高いですし、よく見れば壁を飛び越えれることができるなら、空間がありそうです。この先なら誰も着なさそうですもんね!
「って、この高さは自分も余裕で無理ですよ?」
高さは手を伸ばしてジャンプしても大根一つくらい足りない・・・。 とりあえず何回も飛んでみます。
「・・・お前は猿か・・・?」
「ゔ」
「あのでかいおっさんが応援の予定だったからな。 お前にはそれを使ってもらう」
ビッとバケツに指を指します。 それでもぜんぜん足りな―――
「んで、俺を背負え」
「・・・マジっすか」
「マジっす」
ひどいっす・・・。 コケたら大ピンチっすよ!?
「心配するな。 俺はコケそうになったらお前を踏み台に回避するから」
「鬼ィ!」
「失敗しなけりゃいいんだよ!」
鞄の中からガムテープを取り出して、バケツを壁際に置いてから固定しました。 その後は力いっぱい鞄を投げて目標地点に先行させました。
「気休めだがな。 さっさとやるぞ」
結構紳士的ですね・・・。 ちと感動です。
蓋に乗っかり、バランスをとりつつ一番安定した位置を見つけ、腕を壁につけました。
「OKで〜す」
「コケんなよ」
ガムテープバケツに子供君もゆっくりと乗り、自分の背中によじ登っていきます。 あわわっ。 揺れるぅぅぅぅ。
「登りにくい!」
「そんなこと言われてもももももも」
必死で前に体重をのせます! しかしガムテープの剥がれる素敵な音と肩付近の小学生体重が加算され、かなりギリギリギリギリギリギリギリ。
「うし!合図したらバケツから飛べ!」
「はひー!」
もう少し〜! 既にガムテープ7割剥がれているのか、ば、バケツがふらふら動きますぅぅ!
「今!」
「・・・!」
それと同時に背後の体重が一気に消え、バランスが崩れた勢いと同時に後ろに飛びました。
さっきまでの場所から軽い音が聞こえました。バケツが倒れたのでしょう。 周囲の光景がとても素早く、心臓がどきどきします。 全神経を足に集中して、強い衝撃に備えます―――
「う・・・! っと」
「そっち無事かー?」
「えへへ。なんとか」
その場にしゃがみ、壁の向こうから聞こえる声に耳を傾けます。 自分が足場にしていた付近は、ガムテープが剥がれ落ち、無惨に散乱しています。
ッハ!そういえば―――
「大変です! 自分はそちら側に行けません!」
「お前騒いでばっかだな・・・
ちょっと待ってろ」
そう言うと、チャックを開ける音が聞こえました。暇なのでガムテープカスを直し、少し料理と時給12時間分の給金と一ヶ月働いた時はいくらもらえるか、それと都会の住宅―――
「オイ!早くしろ」
「あ」
気づけば自分の目の前にネズミ色のロープがあります。その先は当然、壁の向こう側。 完全に自分の世界に入っていたみたいですね。
「今いきま−っす」
「早くしろよ〜」
そういえば縄を触るのは初めてですね。 少しザラザラしていて硬いなぁ。 おもっきり筋肉を酷使してパワーを搾り出し、山を登る感覚で上に進んでいきます。 少し手の中が痛いな。 手袋あったら大丈夫かも。
一番上に辿り付くと、高さが実感できます。 落ちたら絶対痛い・・・。 子供君はよくこの距離から飛べたものだ。 臆病なのでゆ〜〜っくりと下っていきます。
「ふぅぅぅ」
「遅い」
やっと下山した時にはキツイお言葉。きっとスパルタ教師の才能を持っているのでしょう。 横を見れば自分がお世話になった縄が、役割を既に果たしてない電灯らしきものにくくりつけられています。
「いいじゃないですかー」
「これから罠を作んだぞ」
「・・・マジっすか」
「マジっす」
この子の行動は毎回驚かされる・・・。さっき使ったロープを回収して、そのままさっき自分が着地した地点に仕掛けています。
自分が今いる悪のアジト周辺では、やはり都会とコンクリート製の地面に、奥のほうにはテントが見えます、ピンク色の。 広さは2LDK
ってとこですね。
気づいた時にはロープが網目状にピンと張られています。
「・・・流石にバレるのでは」
「大丈夫だ。 あんだけの高さから降りるのにじっくり下なんか見やしねぇよ。 保護色だしな」
「あぁ。それでネズミ色ですか・・・・」
やっぱりロープと言えば茶色ですよね。
「お前はこれ投げろ」
と言って、水風船を二つ渡されます。 ゴムがついてないから遊べないなぁ・・・。
「簡単に割れるようにしてるから気をつけろよ」
「でも水風船なんか当たっても痛くないですよ?」
「投げたら爆発する」
「・・・マジっすか」
「マジっす」
頭の中には原子爆弾のキノコ雲が浮かび、慌てて消去します。 ば、爆弾!?
「犯人さん殺しちゃだめですよ!」
「誰が殺すか! 爆発音だけで軽い火傷するかしないかだ
学校の理科室から材料をくすねて作ってみた」
「・・・用意がいいですねぇ・・・」
「こっちから誘ったんだからな。 俺はこれで」
と言ってエアーガン(弾はでるんだろうなぁ)を構えました。 少し楽しそうです。 脱帽です・・・。
試し撃ちで放置されているコンビニ弁当の残骸に一発放っています。 余裕で貫通しています。
「んじゃ犯人が帰ってくるまで、あのテントの中入っとくぞ」
「抵抗あるなぁ」
悪のアジトことピンクテントに不法侵入します。 中には―――
「普通だな」
「ですね」
寝袋とラジオ。その他ごみ少々。 特筆するべきところは全くありません。 スペースがほとんど開いているので、その一部に腰を置かせてもらいます。 靴履いたままだけどいいかな。
「ふぅ・・・」
小学生とは思えない哀愁の篭ったため息をつき、なんだか老人の如く悟った眼をしています。
私はお腹に仕込んでいたオニギリを食べ始めます。
「ねぇ子供君」
「んだよ」
「どーしてお金が欲しいんですか?」
「どうでもいいじゃねぇか」
「そんなことないですよ。 大事なことだと思います」
にへらと笑う自分と三角座りになって悩む子供君。 自分もこの位の年には働いてましたが、都会で小学生が働くのは珍しいんだと思います。
「手伝わせるだけ手伝わせてって言うのも薄情だよな。 いいか、一度しか言わないぞ」
「はいはいっ」
「・・・俺の親父がリストラされた」
「な!?」
都会じゃリストラって言葉があるんでしたね・・・。
「親父も仕事探してるが今のところみつからねぇし。 母さんは暇があれば内職してる。 んで俺だけ野球ばっかやってる。
それがどうしても嫌だったんだ」
「子供君・・・」
気持ちがすごくわかります。 自分も母さんがずっと働いてるのを見て、内緒で働いたりして驚かせるとかをしました。 なにもできない子供って実感が沸くのが、辛かったから。
「そこに儲け話が飛び込んできたんでな。初めてだが20万の半分の10万があれば親父たちを十分助けれる金額だ。 問題の解決ってわけじゃねぇがな」
「あのね子供君」
「んー?」
「自分も家計がずっと苦しくって、内緒で近所の人のお手伝いでお金を貯めて、それを渡したんですよ。
そしたらお母さん、泣きながら言ったんです」
「・・・なんて?」
「馬鹿ね。私はアナタが居るからがんばれるんだ。
だけど、嬉しい。って」
その時のことを少し思い出しました。当たり前みたいに言ってくれたお母さんがただ嬉しくて、自分は愛されてるのだと実感して、幸せで。
結局泣いちゃって、お母さんにあやされてたなぁ。
「そういう気持ちは[親]の方々にとって同じだと思います。あなたもありませんか? 自分が大切にされているって感じたときを。
だから・・・無理しちゃダメですよ?何かあったらご両親が心配します」
「・・・説教くせーこと言ってるんじゃねーよ」
「そう言わずー」
「自分より年下みたいに扱いやがって、お前のほうがちょっと早く生まれただけじゃねーかよ。
年上が絶対偉いとか思う奴が増えてるから最近の日本はなぁ」
元気溢れていますね。でも、大丈夫そうで何よりです。それと一つ決めました。
「まぁ。なんだ。・・・ありが―――」
「あー! 誰かの足音が近づいていませんか!?」
「・・・」
「子供君?」
「さっさと準備しろ! いつでも投げれるようにしとけ!」
「は、はい!」
小声で怒鳴られると言う不思議なやりとりをして、腰付近にあった水風船をスタンバイします。 子供君の顔が赤いのは何故だろう。
でもまぁ今は役割を従事しよう。なんだか大きく、縦横広い影が壁のテッペンにいます。子供君もエアーガンを構えています。
「どっこら―――せ!?」
あの原始的トラップで転びました。勢いよく着地しようとしたら下にロープがあって引っかかるなんて誰も想像しないでしょうけれど・・・。
「今だ!」
「はい!」
小規模威力の爆弾を放り投げます。直撃は可哀相なので腕と足に一つづつ。
「あつつつ! ぶ! わ!」
少し大きな音と犯人さんの服の一部が完全に焦げてカスになったと同時に、次は子供君がエアーガンを乱射しながら突撃していきます。
(痛そう・・・)
そんな心中でいると、子供君が足に絡まっているロープを使って縛っています。首筋にエアーガンを当てられて犯人さんは固まっています。
手際がすごいなぁ。何でも普通よりこなせるタイプの人なんでしょうか。貴重な才能です。
「終わったぞ〜」
乗っ取ったアジトまで戻って着て、計算通りと言う顔で武器を放置されていた鞄に直しています。肝が太いとはこのことですね。
「ぶばぁぁ〜〜〜」
完全に縛られて動けず、痛さのあまり失神している食い逃げさん。顔をよく見てみると―――
「あ」
「どうした?」
「この人知ってます!」
グデェーと伸びている太っちょさん。服はなんだか安っぽいですし、髪も前より心なしか薄くなっています。
チャラ兄さんと一緒に居た人です。
「ぬぅ〜〜ん・・・」
「意外に回復早いなコイツ」
「なんだお前ら!? 俺を拘束してビデオでも撮る気か!?」
「アホか。警察に渡して金もらって終わりだよ」
「あ! そこのガキは!?」
「ど、どもー」
「お前のせいで俺は食い逃げなんぞしなけりゃならん羽目になってんだぞぉ! しかも張り込んで捕まえるとか悪魔だな!? 最低の屑め!」
「うぅ・・・・」
「なんだかよくわかんねぇんだけど。
なんとなくお前が悪そう」
「ほばァッ!」
テント前に置かれた微金オジサンに飛び蹴り。背骨に直撃みたいで痛そうです。
「どうせ、この騙されやすそうなコイツを金儲けにでも使おうとして、逆に成敗でもされて、仕事仲間にも見放されて路頭に彷徨った結果、食い逃げしただけじゃねーのかよ?」
「・・・お前エスパーか・・・?」
「大変だったんですねぇ・・・」
驚異的と言うより具体的すぎる洞察力で微金オジサンの過去を言い当てています。占い師になったら儲かりそうですね。
「まぁ情状酌量の余地はねぇな。
俺は警察呼んでくるから見張っててくれ。 そんな奴でも逃げ足じゃ敵わねぇ」
「はーい」
「ぁー。これ登れねぇな。
しゃあねぇ」
子供君はテキパキとテントを破壊して、中の僅かな荷物と細い鉄、更には周りのゴミと自分の鞄を踏み台にしてしまいます。
「それじゃ、も一回肩車頼むわ。帰ってくるときは警察居るから問題ねぇ」
先ほどよりずっと楽になった(足場は不安定だけど)高い足場に乗り、子供君はひょいひょいと自分を踏み台にして上までいきました。
最初の苦労ってなんだったのかなぁ・・・。
「あぁ、これ貸しとくわ」
「おっとと」
対人用強化型エアーガンを放り投げられ、助言を受けます。
「それを首元に当てとけ、撃てば絶対失神レベルの痛みになるから」
そう言ってすぐに向こう側に降りていきました。
「でも、一件落着かな」
この後子供君が増援を連れて来てくれるまで永遠と微金オジサンの罵詈雑言を聞き続ける結果にはなりましたが。
♪
「なんだか子供君がすごいね」
「こんな子中々いないですけど」
ずっと朗読を繰り返し、首が痛くなった旅人は適度に体からパキポキと若者らしくない音を奏でます。
少女は全く疲れていないらしく、続きをさっさと読めと言う眼で見ています。わかりにくい変化ですが。
「前から気になっていたんだけど、食事とかどうしてるんだい? 家が近いのかな」
「残念ながら家には本がある程度売れるまで帰れません」
少女は本が読み終わると、次の客を探しにふらふらと森の中に消えていくのです。 1日に同じお客には売ってはいけないから。 纏め買いも禁止です。
「僕みたいに魚とか木の実採ってるのかな?」
「・・・やったことありません」
「じゃあ一体・・・」
「・・・」
切り株の横に置いてあった商品・・・、大量の紙に手を伸ばします。本と本の間を手で探り―――
「これを食べてます」
「なんて書いてるか読めないんだけど」
「チキュウの日本語とローマ字。かろりーめいと」
この世界には存在しない材質で覆われている物体。食べていると言ったのだから食べ物なんだと旅人は理解しましたが、腑に落ちない顔をしています。
「・・・チキュウって本の中だよね」
「前も言いました。生きている人の本だから実際にこの人たちは活動してるんです」
「でもどうやって・・・」
「おみやげです」
「そういう問題じゃ・・・」
「そのうち教えてあげます。だから早く続きを読みましょう」
冷静な口ぶりですが、いつもの単調の音色より僅かに高いです。どうやら少女は怒っているみたい。
「わかったわかった」
観念した口ぶりで膝に置いてあった本を開きました。
♪
「・・・本当に良いのか?」
「もちろん。それに9割子供君がやったようなものです」
さっき格闘した壁の前、バケツが夕日に当たって変色しています。当たりはちょっと寂しい感じかな。
先ほど警察署に行き、報酬の20万を貰ってきました。保護者が遠くに居る等の事情から現金で貰えたのでラッキーでした。細かな手続きと現金受け取りは子供君が全部やって来てくれました、自分は奢りでコーヒー(温)を外で飲んでいました。警察に簡易ですが表彰されたり牢屋の微金オジサンに挨拶したりしていたらすっかり遅くなってしまいました。
「いいじゃねーか。協力したんだし遠慮しなくていいんだぜ」
「いいえ。自分はお金には困っていますが、今のままでも生きていけます。そのお金が必要なのはそちらですよ」
こんな小さな子が頑張ってお金を稼いだんだ。 年上の自分が稼げないハズがないですよ。
「そ、か。くれるって物を捨てる気はないから貰っとくが」
「ぜひっ」
「なんだ、その」
「?」
「今日はありが―――」
「オーーーーイ!!」
「あ!店長!」
「・・・・」
おや? また子供君が赤くなっています。熱でしょうか。
「店長どうしてここが!」
「さっき警察から連絡があってな! ここに居るって教えてくれたよ」
「なっるほど〜」
「ん? そこの坊主は誰だ?」
「あ、この子は―――」
「んじゃ! あばよー!」
突然走り出した子供君。夕陽で白いユニホームは蜜柑色に彩られ。
(あぁ、お別れなんだな)
っと考えさせられます。
「またねー!」
もう会えるかわからない、けれど[またね]と言ってしまう自分は変なのでしょうか。
でも、また会えるような気がしたから・・・。
小道を曲がり、子供君はすぐに見えなくなってしまいました。
♪
「・・・・これで良かったのか?」
「あぁ。もう完璧すぎるよ」
「うっせー。金は貰うからな」
「うん、けど想定外だったよ。まさか君にあげちゃうなんて」
「心配しなくても、俺だってびっくりしてる」
二つの影が赤く伸びている場所は屋上。 普段閉鎖されているそこからは、食い逃げ犯のアジトも高い塀も見える。当然、何か話している筋肉店長と、大人が世話になったあの子も見える。
大きな影は流行の服を着て、もう一方は白い野球の正装。
「お前はいいのかよ。就職先もバイトだって決まってないんだろ?
あのブタと稼いだ金のほとんどじゃねーのかよ」
「まぁそうだね。大丈夫だよ、半月くらいは生活する分は残してるから。撮影道具って意外と高く売れるんだよね」
「なるほどね。
ったく、初めて会った親戚が元裏仕事とはなぁ」
真相はこうだ。仕事を捨てた大人は、その整理として、嫌いな同業者にお返しする意味でも仕事道具を全て売り払った。
そして自分と見つめる機会をくれた子に、贈り物として浮いたお金をプレゼントしようとして、一日中探し回った結果世話になっている八百屋も発見した。だが普通に渡しても拒まれるとわかっていたので、どうしようかと思っていたら遠い親戚を思い出したのだ。子供に一芝居うってもらえば、計画が成功すると踏んで。
協力を約束してくれた少年に20万円を渡し、警察に貰ったと芝居を行い、10万円をあの子に渡そうと・・・。
「結局失敗かぁ。なんのために動き回ったんだか」
「その割には上機嫌じゃねーか」
「まぁね。警察の真似も楽しかったし」
「やっぱお前かよ・・・」
八百屋店長へお迎えの連絡電話をかけたのだ。
「それにしてもデブのアジト行くとき、アイツが落ちたらどうする気だったんだ? あの高さで後頭部でも打ったらかなり痛いぞ」
「大丈夫。ゴミ袋の中に隠れていたから」
「・・・過保護だな」
「いいんだよ。バレなかったし。
そういえば同業君には可哀相なことしたかな〜」
「アイツの食い逃げは昔の話だろ? 最近は2,3回くらいしかしてないハズだし」
「実際は賞金なんて無いんだしね」
「あのおっさんも気の毒なもんだ。憐れみはあんま浮かばないけど」
「そうだね」
恨みが篭った笑みを浮かべる大人。ストレスが非常に溜まっていたようだ。
「あの子ともお別れかな」
「まぁ、あんな馬鹿はたまに見ておくといいかもな」
「・・・たしかに」
自分がそういう人に対して商売をしていたことを思い出し、気分が少し悪くなる。同時に変われるか・・・と言う疑心も。
「それにしても楽しそうだね?」
「アイツは嫌いじゃない。機会があったらもう一度会ってやってもいい」
「僕も、もう一度ゆっくり会いたいかな」
真っ当な仕事に就くことができたなら。春と言う人物を思い出せるあの子に・・・。
「人のこと言えないが、お前は大丈夫なのか?」
人事とは思えないらしく、改めてもう一度仕事探しについて聞く。
大人は形の良い唇を広げ、楽しそうにする。
「大丈夫だよ。日本じゃ真面目に働けば生きていけるらし〜から」
「あの馬鹿が言いそうなことだな」
「そうだね」
夕焼けがほとんど落ちたビルの上。大人は楽しそうで、子供は鼻で少し笑っています。
それは舞台裏での些細な出来事。
♪
「え、不良さんまだ帰っていないのですか?」
「ちょいとノルマが多すぎたのかもな。結構近いから迎えに行ってくれないか」
夕陽がまだ落ちていない路地裏で店長さんから次の仕事を頼まれます。実際この先の帰り道付近にあるらしいのですが、店長さんは最後の仕事があって反対方向に行かなければならないそうなのです。
「わかりました。 でも店長さん」
「ん? どうした」
「元気そうですけど何か食べれたのですか?」
「・・・・」
その言葉を放つと徐々に店長さんの顔に汗が流れ、血色が悪くなっていきます。
「うっうぅぅ・・・」
「忘れてただけですか・・・」
「俺は限界が来る前に仕事を片付けてくる! あ、雨が降ったときの傘だ。さらばだ!」
忍者を思わせる俊敏な動きでどこかに走っていってしまいました。自分の手には一般的たるビニール傘が握られています。
「雲行きも怪しいし、早く行きますか」
非常に遅いですが、オニギリを食べながら歩きます。店長さんにあげればよかったかな。
事前に教えてもらった道を通っていき、明日のことを考えます。今日の半分を遊んでしまったとは言え、今日の午前分の給金と、明日も昼まで働けば十分お父さん探しに出発できます。それは同時に八百屋さんとはお別れを意味するわけで・・・。
小道を曲がり、目的地へ着々と近づきます。
「あ・・・傘ささなきゃ」
小さな水の雫が鼻先に当たり、オニギリを口に銜えながら傘を差す頃には大粒になり、狂った音楽のように降り続けます。 店長さんは自分の分を持っていたけれど、不良さんは無いだろうから急がなきゃ。
小走りに道を急ぎ、そのとき一つ思い出しました。
[俺は親父が大嫌いだから家出した]
そう言った不良さんを。結局今まで理由を聞けていないのです。何か力になれるかもしれないから聞きたいのですがタイミングが・・・。
「あ、あの身長の高さは」
角を曲がった瞬間、眼に入った巨体、顔などは全く見えませんが都会でもあのサイズは少ない方だと思います。食事を飲み込みます。
「不良さ―――あ・・・」
雨宿り・・・とはまた少し違いますね。ダンボールだけは小さな民家の屋根の下に置き、本人は入るスペースがないので直撃をくらっています。
髪を固めていたものは溶けたようで、驚いたことにストレートの不良さんです。
雨しか降らない天を、髪の隙間から見上げています。なんとなくですが・・・。
寂しそうな印象をうけました。
お父さんを探しに都会まで来たくせに中々会えず、さらに旅先で出会った不良さん達との行動を楽しんでいる点があります。
もちろん早くお父さんに会いたいです! ・・・けれど店長さんや奥さん、不良さんと別れるのを怖がっているんです。
・・・どうしましょう。
♪
「・・・ふぅ。 やっと見つけた」
♪
「おはようございまっす!」
「おう、元気だな」
「いよぉーす」
昨夜お世話になった食堂。既にとてもおいしそうな食パンと小さな湯気が見える目玉焼きが融合したものが人数分あります。
木製の椅子に座らせてもらい、奥さんが来るまでお預けです。
「昨日やった鉄アレイは使ったか!?」
「あ、い・・・いえ実は〜」
昨晩布団で寝ていたら起こされ、バイト料とセットに頂いた鉄物体。しかし部屋に案内される時に奥さんから櫛も受け取ってしまいました。結局どちらも使っていなかったりします。
「すみません・・・昨日は疲れていたので使用は自粛してしまいました・・・」
「あぁそういうことなら仕方ない!男はやはり―――」
「あ・・・店長やめた方が・・・」
自分たちの真ん中にある机の上に飛び乗り、筋肉を愛する人達が参加する大会の決めポーズで出てきそうなポーズを繰り出します(詳細は・・・想像にお任せします)。
「うおぉ・・・」
「わあぁ・・・」
「やはり逞しい!厳つい!そして―――」
一瞬シャツが破れてしまうのかと思ってしまうほど店長さんの体が膨らみ、ポーズを変えます。
・・・机大丈夫かな。
「美しぃぃぃく!!」
「・・・何がですか?」
膨張した筋肉は空気が抜けた様にしぼんでいきます。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・!」
角度的に奥さんの表情は見えませんが、真っ直ぐ店長さんを見つめています。不良さんは顔が見える様ですが・・・あれ?お化けにあったみたいに驚いてるや。
店長さんは固まっています。
「・・・まずは降りませんか?」
「お、おう」
「店長・・・がんばってください」
不良さんは祈りを捧げるみたいに喋りかけました。
「あなたは今何歳でした?」
「こ、今年でよんじゅう―――」
「知ってます。もう立派すぎる大人でしょう。
今時小学生でも食前に机に乗るなんてしませんよ?」
「す、すま―――」
「叱られてすぐ謝るなんて反省してない証拠よ?」
「・・・・ワ・・・ハハ」
恐ろしい・・・。次の動きを完全に先読みしながら言葉を全て喋らせなくしています・・・。もはや店長さんは何をすべきかも考えられていないかもしれません。
そしてニコリと奥さんは笑い―――
「三日間食事抜きね」
「!?」
「おわぁー」
「店長さん・・・」
情け容赦あらず・・・。
「ま、まさか本気じゃないよな?」
店長さんは猫背になりながら質問します。
「嘘だと思うかしら?」
質問で返されています。笑顔で。
「店長、がんばってください」
「ええええと、人間は水だけでも一週間は生きていけた・・・かもしれません!」
「せめて朝御飯だけでも―――」
しかし素早く店長さんの前から皿は無くなりました。どこにあるかと思えば奥さんの手に静かに乗っています。
「食べるかしら?」
「モッモライマス」
不良さんに太陽を思わせる表情で卵食パンを渡しました。 ・・・本気だ奥さん。
「それじゃあ朝御飯にしましょうか」
「はいッス!」
「よろこんで!」
自分と不良さんは一度立ち上がり背筋をのばしてから
「「いただきます!」」
「め・・・メシ・・・」
♪
「さて、今日も元気に働きますか」
昨日の金額だと、今日いっぱいか、今日と明日、少し働けば帰りの電車賃も十分なのでバイトも終盤となります。少し複雑です。
「うぐわぁ・・・」
一方肩を落としている店長さんは財布を没収され、仕事先でも何か食べないよう不良さんに根回しされているようです。奥さんは敵に回してはいけませんね、はい。
「んじゃ行ってくらぁ」
頭をしっかり固めた不良さん。しかし気になることが・・・
「不良さんのそれ、帽子で潰れるんじゃないですか?」
「っう」
真っ直ぐに目標物を指し、考えたくないことを言われたかのように不良さんは目を細めます。
「うっせーな。この頭はやることに意義があるんだよ。
誰もこんな時代後れの頭がかっこいいなんて思わないだろうが」
「自覚あったんですねー」
「・・・即答すんなよ、ヘコむから」
「?」
なんだか難しいですね。でも理由が気になります。
「その意義とはなんなのですか?」
「別に話すことでも―――」
「ぼうずぅ!行くぞぉお!」
「はーい! っま。行ってくるわ」
飢えた店長さんの声により仕事場に向かってゆきます。
「お気をつけてー」
ひらひらと腕を振って見送りました。
「あら、もう行ってしまったのね」
「あ、奥さん。
姿が見えないと思っていれば・・・どこにいらしたのですか?」
「今日の晩御飯、一人分不要になったからお隣におすそ分けに行っていたのよ」
「な、なるほどぉ〜」
知らない人が見たら眩しい笑顔だと最初に思うでしょう。唇を僅かに横に広げ、素敵な笑みを披露してくれます。
「そろそろ時間よ。昨日と比べたらお客さんが少ないからゆっくりできるわよ」
「それは助かります・・・!」
アレは地獄です、恐ろしかったです。疲れたです・・・。田舎でのお仕事の数倍の密度を秘めていました。
「それじゃ、かいて〜ん♪」
「はい!」
楽しそうな奥さんと共に、玄関の扉は開かれました。
「・・・ありゃ」
ぞろぞろとたくさんの人が押し寄せてくるかと想像していましたが、見事に的外れでした。
「きょとんとしているわね。八百屋なんてこんなものよ」
「ふはー・・・。昨日はあんなにいっぱいだったのに・・・」
暑苦しくなるほどの人だったのに、今日はまったく―――あ、いえ一人お客様が入ってきました。
「まったりしたものよ?朝一番に来る人は品質がよくわかる人ね」
「なるほど・・・」
「ちょっと在庫の鮮度が落ちてきたから、セールにして一気に売ったのよ。腐るよりはずっといいわ」
お店って大変なんだと理解し、安いものを手に入れる主婦の皆様の行動力に心の中で敬礼します。
「これとこれお願い」
「いつもありがとうございますね
あ、お会計お願いするわね」
「わかりました!」
見知ったお客さんを自分に任せ、仕事風景をじっくり見ています。
「見ない子ね、親戚の子?」
「いえいえ、バイトの子よ」
「あの!えと、初めまして!」
買い手様と会話するとは思いもよらず、動揺してしまいます・・・。
「こちらこそ。会計の方はいーい?」
「あ、はい!」
偉人様の描かれた紙を受け取ります。 えーと大根が○○円で、トマトが△▲円でしたね。 小さく可愛らしいブタさんの籠から余った分のお金を取ります。
「どうぞ!」
「ありがとう」
口元を押さえながら笑うお客様。 小銭を落としてしまわぬように丁寧に渡しました。 前は慌しくて考える暇がなかったけれど、こうやって人と接する仕事っていいなぁ。
「微笑ましいバイトさんね?」
「そうでしょうそうでしょう。こんな子が看板役なら売り上げも伸びるでしょう」
「なにを言ってるんでしゅか!?」
・・・噛んじゃった。
「ふふふ、長居したいけれど用事があるからこの辺で」
「はーい。またのご来店よろしくおねがいします」
「またのご来店をー!」
開店第一号のお客様が行ってしまいました。
「あの人はいつもセールの後に来るのよ、品質をしっかり見極めてるみたいね」
「そんなことができるのですか・・・」
全部ツヤツヤだとは思っていましたが、細かな点まで観察する人は居るのですね。でもそういう方がいらっしゃると言うことは、この店は他よりも良いお店ってことですよね。
「失礼〜」
また新しい主婦さんがお店の住人になりました。
♪
「野菜・・・」
食前の子供と同じ眼をした少女。
「どうしたんだい?」
「あ・・・何もありません」
「ふぅん」
何かに勘付いた旅人。
「・・・早く読みましょう」
「は〜いはい」
♪
店内とは不思議な空間に思えます。
次々に見たことがないお客様が訪れて、何かを籠や手に持って、本当なら生涯喋ることもなかった自分に話しかけて購入されていきます。 予想外だったのは皆さんお優しそうなのです。
チャラ兄さんみたいな人も都会には多いものだと思っていました。ちょっぴり嬉しい誤算です。
「んじゃそっちもがんばれよ」
何度か不良さんと元気の無い店長さんが帰ってきました。 昨日は偶然畑仕事をする人のお手伝いの日と被ってしまい、中々帰ってこれなかったようです。 農作物を生み出す方々は高齢な場合がほとんどで、そういった方には辛い重い物の持ち運び等がメインだそうです。 近年の日本では野菜不足で、その原因は生産者側の減少だそうです。 今の畑世代がいなくなると、日本は輸入だけの国になりつつもあるようです。 そんな老人方を、暇な日には草むしりなども手伝うみたいです。
午前はそこそこ人が着ました。 もちろん昨日と比べると少ないのですが、基本的には常に誰かが居て、個人営業の八百屋さんとしては十分だと思えました。 当初は幸先不安だった手先も徐々に慣れてゆき、声がブレるのも抑えることができるようになりました。 ・・・昨日はどうやって勘定してたか覚えがないや。
「それじゃあお昼にしようかしら」
「れれ?不良さん達は?」
「オニギリを持たせたわ。あの人には無いけれど」
笑顔。
「それじゃ、昨日の残りだけど持ってくるわ」
「は、はい・・・」
奥さんはキッチンの方へ向かい、自分は引き続きお店番。 丁度お昼時なので店に人影は無く、のんびりと給食を待てます。 思えば住み込みでご飯をいただき、こんなに厚遇で仕事が成り立つのでしょうか。 都会では人件費はお国が受け持ってくれたりするのかな。
「オイ」
「あ、不良さんお帰―――」
咄嗟に呼びかけられたので脊髄反射で答えましたが・・・ありゃ?
「不良って誰だよ、それより店員」
「子供君ですか〜」
「子供って言うな!」
反応までそっくりだ。
不良さん2号こと子供君は白色の服を着ています。 ・・・いや、これは野球のユニフォームと言うものだ。 帽子もなんだかそれっぽい感じが出ているし、スポーツバックも右肩からぶら下げています。 背は不良さんの半分くらいで自分の頭二個分下である。 よく焼けている素肌が見えます。 あ、髪が女性みたいにサラサラだぁ。
「オイ店員。ここのでかい店長を出せ」
「いませんけど・・・」
「はぁ!?」
でかいって言えば店長ですよね。 仕入れのある日と無い日があって、店番をしている時にでも見かけたでしょうか。
「―――ぁー、もうどうすっか―――」
自分に背を向けて考えこんでいます。 困ってるのかなぁ。
「あのー・・・どうしたんですか?」
「・・・お前元気なさそうだよなぁ」
とりあえず現状の店長さんよりはあると思います。
「まぁいいや。お前! 秘密は守れるか?」
「人並みには・・・」
「それじゃ、お前でいいや。 俺を手伝え」
「へ?」
「なんかバイトっぽいな、管理者に一言行ってくる時間くらいやるよ。 さっさとな」
「え?え?え?」
「早く行って来い!」
「はい!!」
思わず立ち上がって食堂に居るであろう奥さんの元へ、脱兎の如く走って行きます。 自分って意思が弱い・・・。
都会で叱られた部下が慌てて仕事をやり直すって感じかな。 こんなに大きな場所で皆様歩き回って何をしているのかな。 万歩計を常備してたらどの程度の歩数になるだろうか。
なんて考えてる内に目標地点へ辿り着き、ほとんど完成したオニギリを二人分の皿に置いている奥さんが目に入りました。
「あの!奥さーん!」
「どうしたの慌てて?」
「こ、子供君が手伝えってバイトだからすぐに時間を来いって!」
あれ?なんかおかしいな。
「・・・なるほどね。 子供がアナタに何かを手伝えって言って、バイトだから私に断る時間をあげるからすぐ来いってことね」
「は、はい!」
よくよく思い返してみれば凄いことを言っている。 理解できた奥さんは探偵並の推理力じゃないかと思います。
奥さんは自分の話を聞きながら、米の塊を持ち運びできる様な袋に詰め込んでいました。
「行ってらっしゃい。なんだか楽しそうじゃない」
好奇心の含み笑いを見せる奥さん。 ビニールの中にオニギリが4つ入っており、それを自分に渡してくれました。
言葉が足らないかと思いながら精一杯お礼を言って、回れー右です!
「お昼過ぎは一人でも十分だし。何より若いうちは遊ばないとね」
お皿の上から今作ったばかりの物を食べながら言いました。
「お待たせしました!」
「遅いぞ!」
「すみませんです!」
っは。 小学生相手にどうして敬語で部下口調なのでしょう!? 直さねば直さねば!
「子供君! 年上には敬語を使わないとダメでしょう」
「あぁ? 年齢で人を見るのは安直すぎるぜ。 今だって上司の息子とかには敬語使う大人だって居るし、昔の貴族だって階級が上の子息には敬語だったんだ。 初対面のアンタに俺より立場が上だとなんでわかんだよ?」
「へ。 あ、いえいえ、それが社会の〜、の〜」
なんて言えばいいかわかんない・・・。 小学生に口喧嘩で負けた・・・。
「さっさと行くぞ」
グスンとすすり泣く自分を尻目に、さっさと店を出てしまいました。ボロボロぎみのMYシューズに足を突っ込み、急いで追いかけます。
はて? なぜ自分はあの子に着いて行くのでしょうか。 なんの前触れも無くやって来て、一方的に用件を言われただけで全貌も聞いていません。 外出している間は銭ももらえないですし、子供君を手伝ってもどうなるかわからない。いつ終了するのかも・・・。
あ、そっか。
困ってる人は助けないといけませんよね。 損得は二の次なんですよね! お母さんの教えを思い出し、我ながら単純だと軽く自責して店を出ました。
♪
「俺は今賞金首を捜している」
「えー!?」
少し人通りが大きい街中を歩きながら、小声で凄いことを暴露されました。 いろんな音が飛び交うので聞き取るのが難しかったです。
「報奨金は20万だが、十分な金額だ。 成功したらお前にも半分やるから気合いれろよ」
「で、でも指名手配犯さんでしょ!? 一体どんなことをしたんですか!?」
「食い逃げ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙が流れます。 ふ、普通はそんなもので賞金首になるのでしょうか・・・。 ここは日本です・・・。
「なんでも100か200件くらい食い逃げしてるらしい。 店舗から店舗への最重要注意人物らしいんだ」
「すごぉ・・・」
人が少ないビルの隙間の小道へと曲がりました。 世の中には凄い人もいるもんだなぁ。
「見た目によらず、足が速いらしくて、街中で発見されてもすぐに撒かれるそうなんだが」
「それじゃあ自分たちが見つけても無理なんじゃ・・・」
「話を最後まで聞け。 そいつがアジトらしき場所に行くのを俺が目撃した」
「!
すごいですね! それじゃあ後は警察に―――」
「ばーか。 目撃情報だけじゃ貰えないんだよ。罪状もチンケだしな。 感謝されて終わりじゃもったいねぇ。 捕まえたほうが得じゃねぇか」
「たくましいですねー・・・」
自分は絶対にそんな考えにならないです。田舎の交番にも指名手配犯は載っていました。大野・・・忘れちゃった。全国的な人しか載ってなかったけど。でもそんな物を見ても
(貰えたらいいなぁ)
って思うだけで、実際行動しようなんて思いもしませんでした。小学生がそこまでしてお金を欲しがるなんて何かあるはずです。都会は高給ですからね!
「なにか理由でもあるのですか?」
「ん。 まぁいいじゃねぇか。
それより見えてきたぞ」
「え!もう―――」
やはり悪のアジトっぽくカラスさんがいっぱい飛んでたり悪雲がたくさんなのでしょうか!
「・・・なんですかコレ?」
「壁だなぁ」
小道の置くには少しスプレーで落書きされているコンクリート製の壁があります。 ところどころに欠けていたり、コーヒーか何かの染みなどがあります。 横にはバケツが一つにゴミ袋が山の如くたっくさん。 まさかゴミ山の中に・・・!
「食い逃げさんって小人さんなのですか?」
「違う!前はここで見失ったんだよ!」
「なるほどぉ!」
そ、そうですよね。 結構高いですし、よく見れば壁を飛び越えれることができるなら、空間がありそうです。この先なら誰も着なさそうですもんね!
「って、この高さは自分も余裕で無理ですよ?」
高さは手を伸ばしてジャンプしても大根一つくらい足りない・・・。 とりあえず何回も飛んでみます。
「・・・お前は猿か・・・?」
「ゔ」
「あのでかいおっさんが応援の予定だったからな。 お前にはそれを使ってもらう」
ビッとバケツに指を指します。 それでもぜんぜん足りな―――
「んで、俺を背負え」
「・・・マジっすか」
「マジっす」
ひどいっす・・・。 コケたら大ピンチっすよ!?
「心配するな。 俺はコケそうになったらお前を踏み台に回避するから」
「鬼ィ!」
「失敗しなけりゃいいんだよ!」
鞄の中からガムテープを取り出して、バケツを壁際に置いてから固定しました。 その後は力いっぱい鞄を投げて目標地点に先行させました。
「気休めだがな。 さっさとやるぞ」
結構紳士的ですね・・・。 ちと感動です。
蓋に乗っかり、バランスをとりつつ一番安定した位置を見つけ、腕を壁につけました。
「OKで〜す」
「コケんなよ」
ガムテープバケツに子供君もゆっくりと乗り、自分の背中によじ登っていきます。 あわわっ。 揺れるぅぅぅぅ。
「登りにくい!」
「そんなこと言われてもももももも」
必死で前に体重をのせます! しかしガムテープの剥がれる素敵な音と肩付近の小学生体重が加算され、かなりギリギリギリギリギリギリギリ。
「うし!合図したらバケツから飛べ!」
「はひー!」
もう少し〜! 既にガムテープ7割剥がれているのか、ば、バケツがふらふら動きますぅぅ!
「今!」
「・・・!」
それと同時に背後の体重が一気に消え、バランスが崩れた勢いと同時に後ろに飛びました。
さっきまでの場所から軽い音が聞こえました。バケツが倒れたのでしょう。 周囲の光景がとても素早く、心臓がどきどきします。 全神経を足に集中して、強い衝撃に備えます―――
「う・・・! っと」
「そっち無事かー?」
「えへへ。なんとか」
その場にしゃがみ、壁の向こうから聞こえる声に耳を傾けます。 自分が足場にしていた付近は、ガムテープが剥がれ落ち、無惨に散乱しています。
ッハ!そういえば―――
「大変です! 自分はそちら側に行けません!」
「お前騒いでばっかだな・・・
ちょっと待ってろ」
そう言うと、チャックを開ける音が聞こえました。暇なのでガムテープカスを直し、少し料理と時給12時間分の給金と一ヶ月働いた時はいくらもらえるか、それと都会の住宅―――
「オイ!早くしろ」
「あ」
気づけば自分の目の前にネズミ色のロープがあります。その先は当然、壁の向こう側。 完全に自分の世界に入っていたみたいですね。
「今いきま−っす」
「早くしろよ〜」
そういえば縄を触るのは初めてですね。 少しザラザラしていて硬いなぁ。 おもっきり筋肉を酷使してパワーを搾り出し、山を登る感覚で上に進んでいきます。 少し手の中が痛いな。 手袋あったら大丈夫かも。
一番上に辿り付くと、高さが実感できます。 落ちたら絶対痛い・・・。 子供君はよくこの距離から飛べたものだ。 臆病なのでゆ〜〜っくりと下っていきます。
「ふぅぅぅ」
「遅い」
やっと下山した時にはキツイお言葉。きっとスパルタ教師の才能を持っているのでしょう。 横を見れば自分がお世話になった縄が、役割を既に果たしてない電灯らしきものにくくりつけられています。
「いいじゃないですかー」
「これから罠を作んだぞ」
「・・・マジっすか」
「マジっす」
この子の行動は毎回驚かされる・・・。さっき使ったロープを回収して、そのままさっき自分が着地した地点に仕掛けています。
自分が今いる悪のアジト周辺では、やはり都会とコンクリート製の地面に、奥のほうにはテントが見えます、ピンク色の。 広さは2LDK
ってとこですね。
気づいた時にはロープが網目状にピンと張られています。
「・・・流石にバレるのでは」
「大丈夫だ。 あんだけの高さから降りるのにじっくり下なんか見やしねぇよ。 保護色だしな」
「あぁ。それでネズミ色ですか・・・・」
やっぱりロープと言えば茶色ですよね。
「お前はこれ投げろ」
と言って、水風船を二つ渡されます。 ゴムがついてないから遊べないなぁ・・・。
「簡単に割れるようにしてるから気をつけろよ」
「でも水風船なんか当たっても痛くないですよ?」
「投げたら爆発する」
「・・・マジっすか」
「マジっす」
頭の中には原子爆弾のキノコ雲が浮かび、慌てて消去します。 ば、爆弾!?
「犯人さん殺しちゃだめですよ!」
「誰が殺すか! 爆発音だけで軽い火傷するかしないかだ
学校の理科室から材料をくすねて作ってみた」
「・・・用意がいいですねぇ・・・」
「こっちから誘ったんだからな。 俺はこれで」
と言ってエアーガン(弾はでるんだろうなぁ)を構えました。 少し楽しそうです。 脱帽です・・・。
試し撃ちで放置されているコンビニ弁当の残骸に一発放っています。 余裕で貫通しています。
「んじゃ犯人が帰ってくるまで、あのテントの中入っとくぞ」
「抵抗あるなぁ」
悪のアジトことピンクテントに不法侵入します。 中には―――
「普通だな」
「ですね」
寝袋とラジオ。その他ごみ少々。 特筆するべきところは全くありません。 スペースがほとんど開いているので、その一部に腰を置かせてもらいます。 靴履いたままだけどいいかな。
「ふぅ・・・」
小学生とは思えない哀愁の篭ったため息をつき、なんだか老人の如く悟った眼をしています。
私はお腹に仕込んでいたオニギリを食べ始めます。
「ねぇ子供君」
「んだよ」
「どーしてお金が欲しいんですか?」
「どうでもいいじゃねぇか」
「そんなことないですよ。 大事なことだと思います」
にへらと笑う自分と三角座りになって悩む子供君。 自分もこの位の年には働いてましたが、都会で小学生が働くのは珍しいんだと思います。
「手伝わせるだけ手伝わせてって言うのも薄情だよな。 いいか、一度しか言わないぞ」
「はいはいっ」
「・・・俺の親父がリストラされた」
「な!?」
都会じゃリストラって言葉があるんでしたね・・・。
「親父も仕事探してるが今のところみつからねぇし。 母さんは暇があれば内職してる。 んで俺だけ野球ばっかやってる。
それがどうしても嫌だったんだ」
「子供君・・・」
気持ちがすごくわかります。 自分も母さんがずっと働いてるのを見て、内緒で働いたりして驚かせるとかをしました。 なにもできない子供って実感が沸くのが、辛かったから。
「そこに儲け話が飛び込んできたんでな。初めてだが20万の半分の10万があれば親父たちを十分助けれる金額だ。 問題の解決ってわけじゃねぇがな」
「あのね子供君」
「んー?」
「自分も家計がずっと苦しくって、内緒で近所の人のお手伝いでお金を貯めて、それを渡したんですよ。
そしたらお母さん、泣きながら言ったんです」
「・・・なんて?」
「馬鹿ね。私はアナタが居るからがんばれるんだ。
だけど、嬉しい。って」
その時のことを少し思い出しました。当たり前みたいに言ってくれたお母さんがただ嬉しくて、自分は愛されてるのだと実感して、幸せで。
結局泣いちゃって、お母さんにあやされてたなぁ。
「そういう気持ちは[親]の方々にとって同じだと思います。あなたもありませんか? 自分が大切にされているって感じたときを。
だから・・・無理しちゃダメですよ?何かあったらご両親が心配します」
「・・・説教くせーこと言ってるんじゃねーよ」
「そう言わずー」
「自分より年下みたいに扱いやがって、お前のほうがちょっと早く生まれただけじゃねーかよ。
年上が絶対偉いとか思う奴が増えてるから最近の日本はなぁ」
元気溢れていますね。でも、大丈夫そうで何よりです。それと一つ決めました。
「まぁ。なんだ。・・・ありが―――」
「あー! 誰かの足音が近づいていませんか!?」
「・・・」
「子供君?」
「さっさと準備しろ! いつでも投げれるようにしとけ!」
「は、はい!」
小声で怒鳴られると言う不思議なやりとりをして、腰付近にあった水風船をスタンバイします。 子供君の顔が赤いのは何故だろう。
でもまぁ今は役割を従事しよう。なんだか大きく、縦横広い影が壁のテッペンにいます。子供君もエアーガンを構えています。
「どっこら―――せ!?」
あの原始的トラップで転びました。勢いよく着地しようとしたら下にロープがあって引っかかるなんて誰も想像しないでしょうけれど・・・。
「今だ!」
「はい!」
小規模威力の爆弾を放り投げます。直撃は可哀相なので腕と足に一つづつ。
「あつつつ! ぶ! わ!」
少し大きな音と犯人さんの服の一部が完全に焦げてカスになったと同時に、次は子供君がエアーガンを乱射しながら突撃していきます。
(痛そう・・・)
そんな心中でいると、子供君が足に絡まっているロープを使って縛っています。首筋にエアーガンを当てられて犯人さんは固まっています。
手際がすごいなぁ。何でも普通よりこなせるタイプの人なんでしょうか。貴重な才能です。
「終わったぞ〜」
乗っ取ったアジトまで戻って着て、計算通りと言う顔で武器を放置されていた鞄に直しています。肝が太いとはこのことですね。
「ぶばぁぁ〜〜〜」
完全に縛られて動けず、痛さのあまり失神している食い逃げさん。顔をよく見てみると―――
「あ」
「どうした?」
「この人知ってます!」
グデェーと伸びている太っちょさん。服はなんだか安っぽいですし、髪も前より心なしか薄くなっています。
チャラ兄さんと一緒に居た人です。
「ぬぅ〜〜ん・・・」
「意外に回復早いなコイツ」
「なんだお前ら!? 俺を拘束してビデオでも撮る気か!?」
「アホか。警察に渡して金もらって終わりだよ」
「あ! そこのガキは!?」
「ど、どもー」
「お前のせいで俺は食い逃げなんぞしなけりゃならん羽目になってんだぞぉ! しかも張り込んで捕まえるとか悪魔だな!? 最低の屑め!」
「うぅ・・・・」
「なんだかよくわかんねぇんだけど。
なんとなくお前が悪そう」
「ほばァッ!」
テント前に置かれた微金オジサンに飛び蹴り。背骨に直撃みたいで痛そうです。
「どうせ、この騙されやすそうなコイツを金儲けにでも使おうとして、逆に成敗でもされて、仕事仲間にも見放されて路頭に彷徨った結果、食い逃げしただけじゃねーのかよ?」
「・・・お前エスパーか・・・?」
「大変だったんですねぇ・・・」
驚異的と言うより具体的すぎる洞察力で微金オジサンの過去を言い当てています。占い師になったら儲かりそうですね。
「まぁ情状酌量の余地はねぇな。
俺は警察呼んでくるから見張っててくれ。 そんな奴でも逃げ足じゃ敵わねぇ」
「はーい」
「ぁー。これ登れねぇな。
しゃあねぇ」
子供君はテキパキとテントを破壊して、中の僅かな荷物と細い鉄、更には周りのゴミと自分の鞄を踏み台にしてしまいます。
「それじゃ、も一回肩車頼むわ。帰ってくるときは警察居るから問題ねぇ」
先ほどよりずっと楽になった(足場は不安定だけど)高い足場に乗り、子供君はひょいひょいと自分を踏み台にして上までいきました。
最初の苦労ってなんだったのかなぁ・・・。
「あぁ、これ貸しとくわ」
「おっとと」
対人用強化型エアーガンを放り投げられ、助言を受けます。
「それを首元に当てとけ、撃てば絶対失神レベルの痛みになるから」
そう言ってすぐに向こう側に降りていきました。
「でも、一件落着かな」
この後子供君が増援を連れて来てくれるまで永遠と微金オジサンの罵詈雑言を聞き続ける結果にはなりましたが。
♪
「なんだか子供君がすごいね」
「こんな子中々いないですけど」
ずっと朗読を繰り返し、首が痛くなった旅人は適度に体からパキポキと若者らしくない音を奏でます。
少女は全く疲れていないらしく、続きをさっさと読めと言う眼で見ています。わかりにくい変化ですが。
「前から気になっていたんだけど、食事とかどうしてるんだい? 家が近いのかな」
「残念ながら家には本がある程度売れるまで帰れません」
少女は本が読み終わると、次の客を探しにふらふらと森の中に消えていくのです。 1日に同じお客には売ってはいけないから。 纏め買いも禁止です。
「僕みたいに魚とか木の実採ってるのかな?」
「・・・やったことありません」
「じゃあ一体・・・」
「・・・」
切り株の横に置いてあった商品・・・、大量の紙に手を伸ばします。本と本の間を手で探り―――
「これを食べてます」
「なんて書いてるか読めないんだけど」
「チキュウの日本語とローマ字。かろりーめいと」
この世界には存在しない材質で覆われている物体。食べていると言ったのだから食べ物なんだと旅人は理解しましたが、腑に落ちない顔をしています。
「・・・チキュウって本の中だよね」
「前も言いました。生きている人の本だから実際にこの人たちは活動してるんです」
「でもどうやって・・・」
「おみやげです」
「そういう問題じゃ・・・」
「そのうち教えてあげます。だから早く続きを読みましょう」
冷静な口ぶりですが、いつもの単調の音色より僅かに高いです。どうやら少女は怒っているみたい。
「わかったわかった」
観念した口ぶりで膝に置いてあった本を開きました。
♪
「・・・本当に良いのか?」
「もちろん。それに9割子供君がやったようなものです」
さっき格闘した壁の前、バケツが夕日に当たって変色しています。当たりはちょっと寂しい感じかな。
先ほど警察署に行き、報酬の20万を貰ってきました。保護者が遠くに居る等の事情から現金で貰えたのでラッキーでした。細かな手続きと現金受け取りは子供君が全部やって来てくれました、自分は奢りでコーヒー(温)を外で飲んでいました。警察に簡易ですが表彰されたり牢屋の微金オジサンに挨拶したりしていたらすっかり遅くなってしまいました。
「いいじゃねーか。協力したんだし遠慮しなくていいんだぜ」
「いいえ。自分はお金には困っていますが、今のままでも生きていけます。そのお金が必要なのはそちらですよ」
こんな小さな子が頑張ってお金を稼いだんだ。 年上の自分が稼げないハズがないですよ。
「そ、か。くれるって物を捨てる気はないから貰っとくが」
「ぜひっ」
「なんだ、その」
「?」
「今日はありが―――」
「オーーーーイ!!」
「あ!店長!」
「・・・・」
おや? また子供君が赤くなっています。熱でしょうか。
「店長どうしてここが!」
「さっき警察から連絡があってな! ここに居るって教えてくれたよ」
「なっるほど〜」
「ん? そこの坊主は誰だ?」
「あ、この子は―――」
「んじゃ! あばよー!」
突然走り出した子供君。夕陽で白いユニホームは蜜柑色に彩られ。
(あぁ、お別れなんだな)
っと考えさせられます。
「またねー!」
もう会えるかわからない、けれど[またね]と言ってしまう自分は変なのでしょうか。
でも、また会えるような気がしたから・・・。
小道を曲がり、子供君はすぐに見えなくなってしまいました。
♪
「・・・・これで良かったのか?」
「あぁ。もう完璧すぎるよ」
「うっせー。金は貰うからな」
「うん、けど想定外だったよ。まさか君にあげちゃうなんて」
「心配しなくても、俺だってびっくりしてる」
二つの影が赤く伸びている場所は屋上。 普段閉鎖されているそこからは、食い逃げ犯のアジトも高い塀も見える。当然、何か話している筋肉店長と、大人が世話になったあの子も見える。
大きな影は流行の服を着て、もう一方は白い野球の正装。
「お前はいいのかよ。就職先もバイトだって決まってないんだろ?
あのブタと稼いだ金のほとんどじゃねーのかよ」
「まぁそうだね。大丈夫だよ、半月くらいは生活する分は残してるから。撮影道具って意外と高く売れるんだよね」
「なるほどね。
ったく、初めて会った親戚が元裏仕事とはなぁ」
真相はこうだ。仕事を捨てた大人は、その整理として、嫌いな同業者にお返しする意味でも仕事道具を全て売り払った。
そして自分と見つめる機会をくれた子に、贈り物として浮いたお金をプレゼントしようとして、一日中探し回った結果世話になっている八百屋も発見した。だが普通に渡しても拒まれるとわかっていたので、どうしようかと思っていたら遠い親戚を思い出したのだ。子供に一芝居うってもらえば、計画が成功すると踏んで。
協力を約束してくれた少年に20万円を渡し、警察に貰ったと芝居を行い、10万円をあの子に渡そうと・・・。
「結局失敗かぁ。なんのために動き回ったんだか」
「その割には上機嫌じゃねーか」
「まぁね。警察の真似も楽しかったし」
「やっぱお前かよ・・・」
八百屋店長へお迎えの連絡電話をかけたのだ。
「それにしてもデブのアジト行くとき、アイツが落ちたらどうする気だったんだ? あの高さで後頭部でも打ったらかなり痛いぞ」
「大丈夫。ゴミ袋の中に隠れていたから」
「・・・過保護だな」
「いいんだよ。バレなかったし。
そういえば同業君には可哀相なことしたかな〜」
「アイツの食い逃げは昔の話だろ? 最近は2,3回くらいしかしてないハズだし」
「実際は賞金なんて無いんだしね」
「あのおっさんも気の毒なもんだ。憐れみはあんま浮かばないけど」
「そうだね」
恨みが篭った笑みを浮かべる大人。ストレスが非常に溜まっていたようだ。
「あの子ともお別れかな」
「まぁ、あんな馬鹿はたまに見ておくといいかもな」
「・・・たしかに」
自分がそういう人に対して商売をしていたことを思い出し、気分が少し悪くなる。同時に変われるか・・・と言う疑心も。
「それにしても楽しそうだね?」
「アイツは嫌いじゃない。機会があったらもう一度会ってやってもいい」
「僕も、もう一度ゆっくり会いたいかな」
真っ当な仕事に就くことができたなら。春と言う人物を思い出せるあの子に・・・。
「人のこと言えないが、お前は大丈夫なのか?」
人事とは思えないらしく、改めてもう一度仕事探しについて聞く。
大人は形の良い唇を広げ、楽しそうにする。
「大丈夫だよ。日本じゃ真面目に働けば生きていけるらし〜から」
「あの馬鹿が言いそうなことだな」
「そうだね」
夕焼けがほとんど落ちたビルの上。大人は楽しそうで、子供は鼻で少し笑っています。
それは舞台裏での些細な出来事。
♪
「え、不良さんまだ帰っていないのですか?」
「ちょいとノルマが多すぎたのかもな。結構近いから迎えに行ってくれないか」
夕陽がまだ落ちていない路地裏で店長さんから次の仕事を頼まれます。実際この先の帰り道付近にあるらしいのですが、店長さんは最後の仕事があって反対方向に行かなければならないそうなのです。
「わかりました。 でも店長さん」
「ん? どうした」
「元気そうですけど何か食べれたのですか?」
「・・・・」
その言葉を放つと徐々に店長さんの顔に汗が流れ、血色が悪くなっていきます。
「うっうぅぅ・・・」
「忘れてただけですか・・・」
「俺は限界が来る前に仕事を片付けてくる! あ、雨が降ったときの傘だ。さらばだ!」
忍者を思わせる俊敏な動きでどこかに走っていってしまいました。自分の手には一般的たるビニール傘が握られています。
「雲行きも怪しいし、早く行きますか」
非常に遅いですが、オニギリを食べながら歩きます。店長さんにあげればよかったかな。
事前に教えてもらった道を通っていき、明日のことを考えます。今日の半分を遊んでしまったとは言え、今日の午前分の給金と、明日も昼まで働けば十分お父さん探しに出発できます。それは同時に八百屋さんとはお別れを意味するわけで・・・。
小道を曲がり、目的地へ着々と近づきます。
「あ・・・傘ささなきゃ」
小さな水の雫が鼻先に当たり、オニギリを口に銜えながら傘を差す頃には大粒になり、狂った音楽のように降り続けます。 店長さんは自分の分を持っていたけれど、不良さんは無いだろうから急がなきゃ。
小走りに道を急ぎ、そのとき一つ思い出しました。
[俺は親父が大嫌いだから家出した]
そう言った不良さんを。結局今まで理由を聞けていないのです。何か力になれるかもしれないから聞きたいのですがタイミングが・・・。
「あ、あの身長の高さは」
角を曲がった瞬間、眼に入った巨体、顔などは全く見えませんが都会でもあのサイズは少ない方だと思います。食事を飲み込みます。
「不良さ―――あ・・・」
雨宿り・・・とはまた少し違いますね。ダンボールだけは小さな民家の屋根の下に置き、本人は入るスペースがないので直撃をくらっています。
髪を固めていたものは溶けたようで、驚いたことにストレートの不良さんです。
雨しか降らない天を、髪の隙間から見上げています。なんとなくですが・・・。
寂しそうな印象をうけました。
2000-06-03 Sat 00:00
[短編]
こんにちは!お父さん探して三千里っじゃなくて迷子な自分ですー。
お母さんとの別れを経て都会に進出しましたが!ここで大ピンチ!
チャラ兄さんと言う方に騙されて自分は身売りの危機にー!?
しかしながら自分は不良さんに助けていただき!これからどうすれば良いか悩みながらもお話ついでに同行させてもらっています!
・・・・ふぅぅ。
九死に一生を得ましたが、今からどうすれば・・・。でもよく助かったなぁ。普通ならあのままゲームオーバーだと思いますね、きっと。
はぁ・・・、早くお父さんに会いたいなぁ。
「ふっ不良さーん!」
「不良言うなぁぁぁ!」
人気が皆無の路地裏で、不良さんの後を歩きます。何度も繰り返す会話ですが、やっぱり不良さんが一番しっくりくるんですもの。
「まぁまぁ、そう怒らずに!それよりどうして自分等を助けてくれたのですか?」
最大の疑惑。こんなに怒りっぽい人が自分みたいな田舎者を助けて回ってるなんて失礼だけど考えられないです。
「・・・さっき言っただろ。俺様はああいう輩が嫌いなんだ。軽い男の方はよく判らなかったがデブは楽しんであの仕事やってたぞ」
「ふむぅ。どうしてわかるのですか?」
「目を見りゃすぐだ。汚れた人間は濁ってる。
まぁ・・・よく見てるから判断できるんだよ」
「なるほど・・・。そういえば不良さん!」
「不良って―――」
「父さんの居場所が不明です!またフリダシに逆戻りですよ!」
「いちいち叫ばなくても聞こえる!」
「ならなら、どうしましょう・・・」
「なんと言うか。ワケアリみたいだな」
困りました。このままでは迷子になって不幸の子供になってしまいます・・・。
「そんなに親父に会いてぇのか?」
「もちろん!」
「なんでだよ?都会に渡って着て、危ない目に遭ってもヘラヘラしながら行動を変えないんだ」
「単純な質問がしたいんです。自分の中ではとても大切な・・・」
自分と不良さんで騒がしかったねずみ一色の薄暗い道もシーンとなります。だけど目の前の人は恥ずかしそうな素振りですぐに口を開きました。
「・・・わーったよ。俺様が連れて行ってやる」
「え・・・?」
「偶然ながら俺様は家出中だ。その間の暇つぶし位でよければな」
「ほんとですか!?」
ガバッと不良さんの手を掴みます。ゴツゴツしてて男らしい手です。
「ほんっっっっっと絶望だったのですよ!このままマッチを売り歩いて最後には雪の中息絶えてしまうんじゃないかって!」
「顔が近い!!そんな小動物みたいな目で見るな!おまけに悲劇の子供みたいに言ってるがっ!都会じゃそうなる前に保護されるからよ!」
「そんなことより助かりました!」
「人の話聞いてるのか?!」
リーゼントを揺らしながら叫ぶ不良さん。声おっきいなぁ。
「・・・ったく」
頭を抑えながら血圧を下げようとしています。短気だから怒りっぽいんだ、きっと。
「あ、父さんの場所は―――」
「ちょい待て。俺様は地理が苦手だ」
「えー!?それじゃあ不良さんも迷子なのですか!?」
「迷子じゃない!不良でもない!」
「でも方向音痴さんでも父さんの場所へはたどり着けません!」
「方向音痴でもない!!」
改めてすぐに怒鳴る人だってわかりました。コンクリート製の周囲に声が反響して、ご近所迷惑です。
「俺様の知り合いで、家出中バイトくれる所があるからよ。そこの親方についでに聞いてやるから大人しくしてろ」
「っぉお!さすが不良さん!」
やった!それなら安心だー!
たぶん、この人なら自分を騙したりしないと思うから。漢気?なんてオーラがムンムンしてるから嘘はしないと思います。
「不良・・・いやまぁ・・・それよりてめぇの事情ってのを話せるなら聞かせろよ」
「あ、お世話になるのならそれくらい―――」
♪
「―――へぇ。まだチビっこいのに大変だな」
「はい・・・結構疲れますが、自分で決めたことなので」
つい笑ってしまいます。都会で早速予想外の事態を体験しましたが、後悔はまだしてませんしね。
「要約すりゃ。てめぇは親父に会ってみてぇんだろ?」
「そうですそうですっ。後はいくつか質問を!」
父さんに聞きたい事はたくさんありますが、絞れば質問は三つだけ。
「それにしても面白いですね、都会は」
「ぁ?」
「歩いても歩いてもいろんな道が見えてきます。曲がって、進んで、また曲がってもまだまだたくさんの道で溢れています。」
田舎の方だと、どこに行っても見晴らし抜群な分、こういった迷路状の道がとても新鮮で愉快なんです。
次の分かれ道はどちらに進むのだろう。その先には何があるのだろう。
自分の足でお父さんに向かって進んでいると感じるたびに、なんだか嬉しくなります。
「そんなこた考えた事もなかったな・・・」
「きっと毎日充実していたんですよ!」
「どうかねぇ・・・」
不良さんはどうしていつも怒っているのでしょうか。いや、それより気になる問題があります。
「それよりどうして家出なぞしているのですか?」
「ぁ?くだらない事を聞く奴だな・・・」
「でも恩人の身上はとても気になりますよ」
「恩人ね・・・お前にとっちゃ不快な話かもしれないがよ」
「はい・・・?」
長かった路地裏道から、少し開けた場所が見えてくるのと同時に言いました。
「俺は親父が大嫌いだから家出した」
そう言って先に足を進め、行ってしまいした。
♪
「よく来たな子供!俺の呼び名は店長でいいからな!」
「は、は、は、はひー!」
「あらあら」
片翼は自分の身長の1,5倍はありそうな長身、ガッシリしてバットで殴っても揺らぐ気配の無い体格。そして奥さんは眼を細めて自分と店長さんを見ています。
そんな私は、ボディービルダーさん並の逞しき筋肉に、可愛い猫のエプロンを身に着けた店長さんに今まで体験した覚えの無い激しい握手を行い、半分振り回されています。
「オラ!坊主も早く着替えてこーい!」
「わかりましたー!」
握手をやめ、店長さんのお腹に響く大音量の声が届き、お店の奥から不良さんの声が聞こえます。
自分の眼科に広がる物は―――程よく冬の太陽光が当たり、ピカピカ輝いている位の錯覚を覚える緑や濃緑に薄緑、稀に赤色等も見える新鮮なお野菜さん達です。
「素敵なお店ですね!」
「おう!ここはこの町最高の八百屋よぉ!」
よく見かける一軒家とあまり変わらない面積で、売り場となる巨大な玄関的な場所以外はほぼ普通の民家です。2階には洗濯物も干してあり、生活観も感じさせて自分は良い雰囲気のお店だと思います。
店内の両サイドに置かれた大きな箱に、プラスチック製の区切りをたくさん置いて、野菜さんを区別しているようです。
トマト等は硬いお野菜と同じ場所に置くと割れてしまいますし、お客様にも見やすく、最良のシステムだと自分は思います。
「店長、着替え終わりました」
「オウっ、シンドイから覚悟しとけよ?」
ニタァっと厭らしさを感じない笑みを浮かべます。同時に店の奥の部屋から不良さんがでてきました。
「わぁ・・・。男らしいですね!」
「ふん」
深緑一色の作業ツナギ、少しサイズが小さいのか不良さんの肉体をクッキリと映し出します。店長さんち比べると全体的に一回り小さい対比です。
「アナタはエプロンだけでいいかしら?」
「え!?自分のもあるのですか!」
優しさが音質に込められている奥さんにエプロンを差し出されます。店長さんとお揃いの猫エプロン、しかし元祖はアクビしている猫さんですが、自分に支給されたものはクシャミをしています。
・・・可愛いな・・・。
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ。似合っているわよ」
口元に手を当てて、朗らかにに微笑みました。上品な人だなぁ・・・。
「見てください不良さん!どうでしょうかー?」
猫さんエプロンを身に纏い、ツナギと同色の帽子を被っている不良さんの前にサッと立ちました。
「男女を別にしても無駄に似合うな・・・。店長とは大違―――」
「なにか言ったか坊主・・・?」
「「!?」」
二人同時に肩をビクリと揺らし、プロレスラーさんでも一瞬で薙ぎ倒すのが可能そうな店長さんの闘気に怯えます!
「い、いや何でも無いです!ハハハ!」
「そっそうですよ!何もないんですよ!エヘヘ!」
店前を覆っていた闘気が少しずつ拡散していくのがわかります。不良さんの誤魔化し笑いはなんだかおもしろいなぁ。
「そんなことより仕事場に行くぞ!今日はお前が来るって聞いたから多めに仕事をとっているんだ。」
「は、はい!」
帽子を深く被りなおしながら頷いています。どんな仕事をするのでしょうか?
「あの子とあの人は知り合いの畑まで野菜を買い取りに行くのよ。道が狭いから車が使えないから大変みたいだわ」
「あっ。ご説明ありがとうございます!自分は何をするのでしょうか?」
懇切丁寧に教えてくれる奥さん。ふいとお母さんを思い出します。会って間もないけれど、この人達は不良さんみたいに信用しても大丈夫だと直感が告げます。
「アナタには接客をしてもらうわ。私は多めに晩御飯と保管中の野菜の面倒を見ておくから」
「せっきゃく・・・?」
♪
「ねぇ旅人さん」
「ん?なんだい?」
旅人は少し疲れた首を回しながら返事をしました。
「人ってなんだと思いますか?」
「難しい質問だなぁ・・・」
旅人は本を自分が座っていた場所に置き、立ち上がりながら言います。
「僕はいろんな人を見てきたし、良い所も悪いのも見てきた。けど結局は[これだ!]って答えはないかな」
「なるほど・・・。いろんな人生録や普通の本を見てきたけれど、人間って生き物がわからないです。
都合の良い時は仲良くして、悪くなればあっさりと友達を裏切って。でも明らかに自分が損をする選択肢でも躊躇わずに選ぶ人もいる」
少女は横にある、先程読んでいた本を撫でながら言いました。
「・・・どう考えても合理的じゃありません」
旅人は周囲に散らばめた木片を1つ拾い、火力の弱まった焚き木に投げつけました。
「ハハ。たしかにそうだね」
先程まで座っていた場所に戻り、地面を見ながら続けます。
「人間ってのは選択の生き物だと思うんだ」
「ずいぶん論理的ですね」
「自分でも似合わないとは思うけどね。」
「良かったらどういう考えか教えてください」
だらしなく垂れている眼鏡を掛けなおし、下を向いている語り手に視線を向けます。
「何万もある見方の一つかもしれないけど」
「はい」
「例えばA、B、Cの道があるとしよう。人間はそれぞれ行きたい方に進んでいく。ここで三種類に分かれる」
「そうですね」
「さらにその先の道が分かれているとすれば、Aの先にはD、E、Fの道。Bの先はG、H、Iの道があって、CにはJ、K、Lの道だ」
「ややこしいですね」
「自分で言って混乱してきたかもしれない」
ニコっと旅人は笑って、上にある空を見ながら述べます。
「たった2回の選択だけでも、9種類の人間が生まれる。そして人生は選択の連続だ。だから同じ人間なんていないし、個性ってものが出るのも必然なんじゃないかな?」
旅人が見る空は、ほとんど背の高い木に遮られて何も見えません。それでも葉の隙間から見える星光は健やかに見えるのでした。
「参考になりました」
「どういたしまして」
ニコリと笑いながら切り株に座り、続きを開きます。
少女は眼鏡一度外して浅く深呼吸し、掛けなおしました。
♪
「キュウリ2個ね!」
「こっちはトマトと玉ねぎ3個ずつよ!」
「あ!ナスひとつ追加お願いしまーす」
「はひぃぃぃ!」
とても和やかで静かだった店内とは真逆に、注文の声と主婦の皆様の声が混ざり合い、聞き取るのがとても困難だったりするんです。
入り口は広く作っていますが元は普通の民家。満員御礼のお客様の数と熱気は自分を混乱させるのに十分な力を秘めています。
「奥さんんんんんんンンンンンンン!救援を申請しまぁぁぁぁぁすぅぅぅ!」
大声で助け舟を呼びますが
「こっちも手一杯なのでがんばってねー♪」
「そぉぉぉぉんんんなぁああぁああ!」
即刻孤立無援宣言をいただきました。奥さんそんなあっさり・・・泣きたい・・・。
「キュウリまだですかー!?」
「トマトはぁー!?」
「勘定ここに置いとくねー」
「ただいまぁすぐにぃぃ!」
お客様の声に応えるべく、賑やかな店内を、従業員用の通り道を使ってちょこちょこ走り回ります。が、新しい注文のスピードと同速なので仕事は減りません減りませ・・・ん・・・。
「今しばしお待ちをぉおおお!」
♪
「今帰ったぞぅ」
「・・・ただいまっすー」
両肩にダンボールを担ぎ、お二人が帰ってきました。本業の店長さんはともかく、その補佐はだいぶ体力が尽きている様子です・・・半ば息が切れながらもふらつくこと無く荷物を持っているのは流石ですね。
けれど収穫を手伝ったのか服に土等がいっぱいついています。
「あら、おかえりなさい」
「おかふぇりふぁさぁぃぃ」
お迎えの言葉を語りますが明らかに日本語を使ってない人がいますね。い、いえ!ふざけてなんかいないんですけど・・・仕事が・・・仕事がぁ大変で・・・!不良さん!そんな哀れみの眼を向けないでくださーい!?
「今日は全商品大安売りだから、在庫も含めてほとんど空になりましたよ」
笑顔で営業結果を伝える奥さん。それに頷いてダンボールを店内奥の貯蔵庫に向かっています。ちなみに畳の部屋を越えた奥にあります、左奥が店長さんと不良さんが目指す場所で、もう一つの道の先にはキッチンと大型テーブルを備えた地点があります。
「ほらほらっ。次はご飯だから立ちなさいな」
「え!?お食事までお世話してくれるのですか?!」
「それくらいは面倒見るから安心しなさいな」
目を細めて笑ってくれる奥さま・・・自分は今もーれつに感動しております!
「いいのよいいのよ、それじゃあ料理を手伝ってくれるかしら?」
「あ・・・・え?」
自分は笑顔のまま固まりました。
「ご、ご飯は作ったことはなくて!あの!」
「それじゃあいい経験だわ、ついてきなさ〜い」
楽しそうです・・・そ、それでも店長さんも不良さんもお食べになるのに・・・・!?
「あわわわ!」
容赦なく腕を掴んでキッチンまで連行されます・・・。や、やるしかないのでしょうか・・・!? お母さん、自分に力をぉ!
♪
「ほら、ちゃんと切れてないわよ?
お湯が沸けたわ、ガスコンロの使い方は教えたから大丈夫ね?」
「は、はいー!」
奥さんスパルタ・・・手伝わないのは一人だったらすぐに終わるからなんだろうなぁ。役立たずにならないようにがんばらなければ・・・!
「これをこうやって・・・」
初めて触る調理器具、お母さんは危ないからって使わせてもらえなかった包丁もすっかり右手に馴染んできました。
火の弱めるなんてのも初体験で、思っていたより硬いお野菜さん達を真っ二つにしたり。
「ちょっと楽しいかも・・・」
「新しいことに挑戦するのはいいことよ、人生のどこかでそれが必ず約に立つんだからね」
「は、はい!」
切った野菜をお鍋の中に入れ、奥さんに言われたものも次々と投入していきます。
あわっ、お湯が跳ね返って熱い・・・。
「よくできました、それじゃぁ次は−−−」
♪
「はいはいお待たせしましたー♪」
「待ってましたぁぁ!」
「ッォオ!カレーじゃないっすか!」
とても楽しそうな奥さんにお腹を減らした不良さん達、なんだか恥ずかしいです・・・。
「ほーら、隠れてないで堂々としなきゃ」
「あ、そんな!」
こっそり背後に隠れていたのに押し出され、全員の視線を一身に受けてしまいます。 ・・・そんなぁ。
「ああああの―――」
「「「・・・」」」
言わなきゃ言わなきゃ!このカレーは・・・自分・・・で・・・つく・・・
「これは・・・自分が・・・が、が・・・ガハハハハハ!」
「はぁ!?」
椅子から立ち上がり、即座に不良さんが反応。は、早いですよ。
「だ、だって!死刑勧告出すようなものじゃないですか!?」
「なんで飯時にんなもん貰うんだよ!」
「素人を舐めてると痛い目に遭うのが大自然の掟じゃないですか!」
「ここは都会だ!!」
「元気ねぇ・・・」
「若いってのは財産だな、このカレーはあの子が?」
「ええ、張り切って作っていましたわよ」
「おいしいじゃないか、馴れていたのか」
「いいえ今日が初めてですって、味見のときに驚いたわ」
「それなら今度は俺が作ろうか?」
「・・・遠慮しておきます」
こ、こうして凄く賑やかな晩御飯タイムは終わり、お店のお片づけとお皿洗いに勤しみました。洗い物は慣れているのでサクサク進み、お店も細かいゴミをとるだけで、ほぼ完売状態なので他にやることはありませんでした。
「それじゃあお風呂に行ってきなさい」
「お、お風呂ま(以下略)」
自分の反応は単純なのかなぁ・・・、全部わかったような顔してたな、奥さん。
お風呂に向かいながらそんな事を考えます。それにしても毎日新聞配達や夕刊やら内職やっていますが、こんなに疲れたのは久しぶりです・・・、ゆっくり浸からせてもらいましょう。
どんな湯船なのかな。
「―――マジですか」
慣れない現代語を使い、精一杯今の心情を表そうとします。これほどの驚きは生まれてから数えるほどしかないはずです。
だって・・・だって・・・
「ドラム缶だなんて・・・!」
片膝をつく自分が居る場所は、一見普通のお風呂場、適度に広いスペースがあり、小さな窓もあります。鉛色に渋く輝く湯船の下方には無理やり壁を粉砕したかのような穴があり、そこから炭カスが見えます。
「おまけにお湯の量が少ないです・・・」
たぶん前に入った店長さんとおぼしき方が、とても豪快な入浴をしたのでしょう。まともに入るには少なすぎる水分しかありません。
缶の真横にあるホースで水増しすればいいのですが・・・。
絶対にお湯は出てこなさそうだから水風呂になってしまいます。
「こ、こうなれば・・・!」
♪
「で、俺様か?」
「すみません〜・・・」
壁越しに謝っていますが、いいお湯です・・・。加熱部からは少し距離をおきつつ浸かっていれば熱すぎずに普通のお風呂と同じようなものに感じてきます。
液体温度が人間には合わない温度でしたので不良さんに外で火を点けてもらっています。怒ってるかな・・・。いやっ、次に入るんだし問題無いはず!
「ったく・・・俺は朝風呂派だから入らねぇのに」
「え゙」
体が硬直します。
「それよりお前って結構あつかましいよな」
「そ、そんなことは―――」
「普通は湯沸しにフーッ、今日会ったばかりの奴をハーッ、使わないぞ」
竹筒を吹きながら痛いところを言ってくれる不良さ・・・ん。
「すみません・・・」
考えて見れば
初対面の人についていってバイト先にお世話になりつつ竹筒吹かせるのはかなり失礼に当たるのでは・・・。
「まぁなんだかんだ言って実行する俺様も俺様だ。次からはもう少し行動力控えておけよ」
あぁ・・・やっぱりこの人は優しいんだ。だから自分の無茶苦茶な常識に合わせてくれていたですね。
明日からは自分が足並みを揃えてみよう。
「不良さん・・・」
「ん?」
「いいお湯ですっ」
「こいつは・・・」
明るく喋る自分にため息をつく不良さん。なんとなくですけど、少し笑ってるような気がしました。
♪
「いいお湯でしたぁ〜」
「それは良かったわね、体が綺麗になると気分も清々しくなれるのが健康の証拠よ」
短い髪に水滴が残りながらも寝床に案内してもらっています。家の一番奥にある貯蔵庫のすぐ横に階段があったので少し驚きました。普通はもっと手前にあるものだと思うんだけどなぁ。
そんな疑問を口に出さないまま一段上るたびに不吉な音を奏でながらも2階に辿り着きました。 構造は至ってシンプルで、前方と右手に襖があって自分はその右手で寝てねと言われました。部屋に入る直前に
「あの、今日はありがとうございました・・・」
何度も喋ろうとしたけれど、忙しさや恥ずかしさに負けて今まで先送りにしていました。それでも今日中に伝えることができて良かった。
「何言ってるのよ」
「ほへ」
想定外のお言葉にまぬけな声を出してしまいます。おかしなこと言ったかな・・・、それとも今更って呆れられたのでしょうか・・・!?
「人手が足りないのを手伝ってもらって、食事の手伝いもしてくれたのに」
「あ・・・」
それでも食事は手伝うと言うより教えてもらったような
「いいのよ、教えるのは結構楽しいのよ?」
「奥さん・・・」
涙腺が緩んできます。都会にやって来てすぐさま騙されたりしましたが、今はこんなに優しさに触れることができます。
嬉しいです。
「だから、今日はありがとうね」
ちょっとでも誰かの役に立てたんだ・・・。お荷物になってばかりだと思っていました。
「ありがとう・・・ございます」
「明日もよろしくね」
細い眼を見えないくらいにし、微笑む奥さん。こちらこそ・・・!
「あ、そういえばこれ」
手をとって赤い物体を渡されます。なんだか先が丸い針の様な物体がたくさんついています。
「ただの櫛よ、私のお古なんだけど、女の子なんだから髪の毛くらい整えないとね」
「あ!櫛ですか・・・って奥さん自分は―――」
「それじゃ、おやすみなさいー」
迅速な動きで1階に降りてしまいました・・・。
♪
「ふぅ・・・」
普段は空き部屋なのか、3畳半くらいの部屋は布団以外なにも置かれていません。電球は紐で引くタイプのもので、必要最低限の部屋と言えましょう。急に来たので、不良さんはともかく自分の場所まで綺麗にするのはできなかったようです。 でもこの位の方が落ち着くんですけどね。それにベランダにもでられるようで、自分的には気に入りました。
「それじゃぁ寝ようかな」
布団に入り込み、瞼を閉じて夢の世界に―――
「また起きてるかい!?」
「へ!?」
起こされました。
「すまんなぁ。今日の日給渡すのを忘れてしまってなー!」
「ここまでお世話になっていますし、いらないですよ」
ご飯代とかお風呂代とか掛かっていると思いますし。なんて考えてる間に店長さんはエプロンから封筒を出して
「住み込みのバイトみたいなもんだ。遠慮はいらん!」
「あ、ありがとうです」
無理やり渡してくれました。い、勢いに負けた・・・。
「と言っても時給換算だと安めなんだがな。まぁ見てくれ」
「あ、はいです」
封筒のノリを丁寧に外して中からお札の枚数を見ます。
「えっと1枚2枚3枚・・・4ま・・・・い5ま・・・・・・・・」
更に小銭まで・・・眩しくてこれ以上は見れません。
「店長さん!」
「どうしたんだ?やっぱり少なかったか―――」
「それは自分は大変ですが!それとこれは別にして!お金を恵んでもらうのは絶対だめです!!」
「なにを―――」
「皆様がお優しいのは理解できています!しかしそんな人達のお財布から情けによりこんなに頂くわけにはいきません!!」
田舎での何日分のバイト料だろう。フルで働いてもいないのに・・・! お金は情に甘えて貰うわけにはいきません!
「あーっと。何か勘違いしているようだが。これは他と比べると安いくらいの給金だぞ?」
「またまたそんな嘘を・・・!!」
「本当だって」
「・・・・え」
そんなだって・・・・え・・・ありゃ・・・。
「都会のバイト料は多分そっちよりずっと高いぞ。何度も言うがここは安いくらいだ」
「・・・・」
「まぁ労働の正当な代価だ。負い目を感じることは何も―――」
「えーーーーーー!?!?」
そんな!?一週間ほど雇ってもらおうと考えていましたが、これなら明日一日働けばお父さんに会いに行くのに十分な金額になります!
そんな・・・!都会ってすごい・・・!!
「眼が銭に・・・苦労してたんだな・・・」
「っは!壮絶な手間をかけさせてすみません!」
「気にするな、こっちも給金が少ないから人手が足りなかったからちょうど良かったよ」
豪快さと爽やかさをブレンドした男らしい笑みを浮かべる店長さん。体格も巨大だけど、器もアトミックな人なんですね。
「そーだそーだ、これをやろう」
なんだか聞き覚えがあるような・・・。
不良さんよりもゴツゴツとした、自分の2倍くらいの質量の手から黒く鈍い光を持つものを渡されました。
これは・・・鉄アレイ。ずしりと腕が下に落ちます。
「男なんだから鍛えるんだぞ!」
「あ、あの店長さん自分は―――」
「じゃーなー」
どこかと同じ光景を彷彿してくれた店長さんは、次の瞬間には部屋からいなくなっていました。この家の夫婦には加速装置でもついでいるのでしょうか・・・。
♪
「どうしようかな、これ・・・」
二つのプレゼントを見比べます。しかし片方は自分にはいらないのですが・・・。
「まぁ寝ますか」
細かいことは考えずに改めて布団にもぐりこみます。いろいろあって少し重い体を横にして、ふかふかとした感触を心地よく味わいながらベランダに眼を向けます。
ビルみたいなものが建っていますがギリギリ空を見ることはできるようです。 雲一つないのですが、星はあまり見えません。光の強いのが2,3個見えますが・・・人工衛星かもしれません。
ここは田舎とは違うのだと実感させられます。
「お母さ・・・ん」
自分は今とても優しい人達のおかげで今日を過ごせました。また苦労するかもしれませんが、なんとなく大丈夫な気がするんです。
「さて、明日に備えて」
ゆっくりと睡魔に身を任せます。
明日は何があるかな。
・・・早くお父さんに会えるといいな。
だけど今日のところは
「おやすみなさい」
お母さんとの別れを経て都会に進出しましたが!ここで大ピンチ!
チャラ兄さんと言う方に騙されて自分は身売りの危機にー!?
しかしながら自分は不良さんに助けていただき!これからどうすれば良いか悩みながらもお話ついでに同行させてもらっています!
・・・・ふぅぅ。
九死に一生を得ましたが、今からどうすれば・・・。でもよく助かったなぁ。普通ならあのままゲームオーバーだと思いますね、きっと。
はぁ・・・、早くお父さんに会いたいなぁ。
「ふっ不良さーん!」
「不良言うなぁぁぁ!」
人気が皆無の路地裏で、不良さんの後を歩きます。何度も繰り返す会話ですが、やっぱり不良さんが一番しっくりくるんですもの。
「まぁまぁ、そう怒らずに!それよりどうして自分等を助けてくれたのですか?」
最大の疑惑。こんなに怒りっぽい人が自分みたいな田舎者を助けて回ってるなんて失礼だけど考えられないです。
「・・・さっき言っただろ。俺様はああいう輩が嫌いなんだ。軽い男の方はよく判らなかったがデブは楽しんであの仕事やってたぞ」
「ふむぅ。どうしてわかるのですか?」
「目を見りゃすぐだ。汚れた人間は濁ってる。
まぁ・・・よく見てるから判断できるんだよ」
「なるほど・・・。そういえば不良さん!」
「不良って―――」
「父さんの居場所が不明です!またフリダシに逆戻りですよ!」
「いちいち叫ばなくても聞こえる!」
「ならなら、どうしましょう・・・」
「なんと言うか。ワケアリみたいだな」
困りました。このままでは迷子になって不幸の子供になってしまいます・・・。
「そんなに親父に会いてぇのか?」
「もちろん!」
「なんでだよ?都会に渡って着て、危ない目に遭ってもヘラヘラしながら行動を変えないんだ」
「単純な質問がしたいんです。自分の中ではとても大切な・・・」
自分と不良さんで騒がしかったねずみ一色の薄暗い道もシーンとなります。だけど目の前の人は恥ずかしそうな素振りですぐに口を開きました。
「・・・わーったよ。俺様が連れて行ってやる」
「え・・・?」
「偶然ながら俺様は家出中だ。その間の暇つぶし位でよければな」
「ほんとですか!?」
ガバッと不良さんの手を掴みます。ゴツゴツしてて男らしい手です。
「ほんっっっっっと絶望だったのですよ!このままマッチを売り歩いて最後には雪の中息絶えてしまうんじゃないかって!」
「顔が近い!!そんな小動物みたいな目で見るな!おまけに悲劇の子供みたいに言ってるがっ!都会じゃそうなる前に保護されるからよ!」
「そんなことより助かりました!」
「人の話聞いてるのか?!」
リーゼントを揺らしながら叫ぶ不良さん。声おっきいなぁ。
「・・・ったく」
頭を抑えながら血圧を下げようとしています。短気だから怒りっぽいんだ、きっと。
「あ、父さんの場所は―――」
「ちょい待て。俺様は地理が苦手だ」
「えー!?それじゃあ不良さんも迷子なのですか!?」
「迷子じゃない!不良でもない!」
「でも方向音痴さんでも父さんの場所へはたどり着けません!」
「方向音痴でもない!!」
改めてすぐに怒鳴る人だってわかりました。コンクリート製の周囲に声が反響して、ご近所迷惑です。
「俺様の知り合いで、家出中バイトくれる所があるからよ。そこの親方についでに聞いてやるから大人しくしてろ」
「っぉお!さすが不良さん!」
やった!それなら安心だー!
たぶん、この人なら自分を騙したりしないと思うから。漢気?なんてオーラがムンムンしてるから嘘はしないと思います。
「不良・・・いやまぁ・・・それよりてめぇの事情ってのを話せるなら聞かせろよ」
「あ、お世話になるのならそれくらい―――」
♪
「―――へぇ。まだチビっこいのに大変だな」
「はい・・・結構疲れますが、自分で決めたことなので」
つい笑ってしまいます。都会で早速予想外の事態を体験しましたが、後悔はまだしてませんしね。
「要約すりゃ。てめぇは親父に会ってみてぇんだろ?」
「そうですそうですっ。後はいくつか質問を!」
父さんに聞きたい事はたくさんありますが、絞れば質問は三つだけ。
「それにしても面白いですね、都会は」
「ぁ?」
「歩いても歩いてもいろんな道が見えてきます。曲がって、進んで、また曲がってもまだまだたくさんの道で溢れています。」
田舎の方だと、どこに行っても見晴らし抜群な分、こういった迷路状の道がとても新鮮で愉快なんです。
次の分かれ道はどちらに進むのだろう。その先には何があるのだろう。
自分の足でお父さんに向かって進んでいると感じるたびに、なんだか嬉しくなります。
「そんなこた考えた事もなかったな・・・」
「きっと毎日充実していたんですよ!」
「どうかねぇ・・・」
不良さんはどうしていつも怒っているのでしょうか。いや、それより気になる問題があります。
「それよりどうして家出なぞしているのですか?」
「ぁ?くだらない事を聞く奴だな・・・」
「でも恩人の身上はとても気になりますよ」
「恩人ね・・・お前にとっちゃ不快な話かもしれないがよ」
「はい・・・?」
長かった路地裏道から、少し開けた場所が見えてくるのと同時に言いました。
「俺は親父が大嫌いだから家出した」
そう言って先に足を進め、行ってしまいした。
♪
「よく来たな子供!俺の呼び名は店長でいいからな!」
「は、は、は、はひー!」
「あらあら」
片翼は自分の身長の1,5倍はありそうな長身、ガッシリしてバットで殴っても揺らぐ気配の無い体格。そして奥さんは眼を細めて自分と店長さんを見ています。
そんな私は、ボディービルダーさん並の逞しき筋肉に、可愛い猫のエプロンを身に着けた店長さんに今まで体験した覚えの無い激しい握手を行い、半分振り回されています。
「オラ!坊主も早く着替えてこーい!」
「わかりましたー!」
握手をやめ、店長さんのお腹に響く大音量の声が届き、お店の奥から不良さんの声が聞こえます。
自分の眼科に広がる物は―――程よく冬の太陽光が当たり、ピカピカ輝いている位の錯覚を覚える緑や濃緑に薄緑、稀に赤色等も見える新鮮なお野菜さん達です。
「素敵なお店ですね!」
「おう!ここはこの町最高の八百屋よぉ!」
よく見かける一軒家とあまり変わらない面積で、売り場となる巨大な玄関的な場所以外はほぼ普通の民家です。2階には洗濯物も干してあり、生活観も感じさせて自分は良い雰囲気のお店だと思います。
店内の両サイドに置かれた大きな箱に、プラスチック製の区切りをたくさん置いて、野菜さんを区別しているようです。
トマト等は硬いお野菜と同じ場所に置くと割れてしまいますし、お客様にも見やすく、最良のシステムだと自分は思います。
「店長、着替え終わりました」
「オウっ、シンドイから覚悟しとけよ?」
ニタァっと厭らしさを感じない笑みを浮かべます。同時に店の奥の部屋から不良さんがでてきました。
「わぁ・・・。男らしいですね!」
「ふん」
深緑一色の作業ツナギ、少しサイズが小さいのか不良さんの肉体をクッキリと映し出します。店長さんち比べると全体的に一回り小さい対比です。
「アナタはエプロンだけでいいかしら?」
「え!?自分のもあるのですか!」
優しさが音質に込められている奥さんにエプロンを差し出されます。店長さんとお揃いの猫エプロン、しかし元祖はアクビしている猫さんですが、自分に支給されたものはクシャミをしています。
・・・可愛いな・・・。
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ。似合っているわよ」
口元に手を当てて、朗らかにに微笑みました。上品な人だなぁ・・・。
「見てください不良さん!どうでしょうかー?」
猫さんエプロンを身に纏い、ツナギと同色の帽子を被っている不良さんの前にサッと立ちました。
「男女を別にしても無駄に似合うな・・・。店長とは大違―――」
「なにか言ったか坊主・・・?」
「「!?」」
二人同時に肩をビクリと揺らし、プロレスラーさんでも一瞬で薙ぎ倒すのが可能そうな店長さんの闘気に怯えます!
「い、いや何でも無いです!ハハハ!」
「そっそうですよ!何もないんですよ!エヘヘ!」
店前を覆っていた闘気が少しずつ拡散していくのがわかります。不良さんの誤魔化し笑いはなんだかおもしろいなぁ。
「そんなことより仕事場に行くぞ!今日はお前が来るって聞いたから多めに仕事をとっているんだ。」
「は、はい!」
帽子を深く被りなおしながら頷いています。どんな仕事をするのでしょうか?
「あの子とあの人は知り合いの畑まで野菜を買い取りに行くのよ。道が狭いから車が使えないから大変みたいだわ」
「あっ。ご説明ありがとうございます!自分は何をするのでしょうか?」
懇切丁寧に教えてくれる奥さん。ふいとお母さんを思い出します。会って間もないけれど、この人達は不良さんみたいに信用しても大丈夫だと直感が告げます。
「アナタには接客をしてもらうわ。私は多めに晩御飯と保管中の野菜の面倒を見ておくから」
「せっきゃく・・・?」
♪
「ねぇ旅人さん」
「ん?なんだい?」
旅人は少し疲れた首を回しながら返事をしました。
「人ってなんだと思いますか?」
「難しい質問だなぁ・・・」
旅人は本を自分が座っていた場所に置き、立ち上がりながら言います。
「僕はいろんな人を見てきたし、良い所も悪いのも見てきた。けど結局は[これだ!]って答えはないかな」
「なるほど・・・。いろんな人生録や普通の本を見てきたけれど、人間って生き物がわからないです。
都合の良い時は仲良くして、悪くなればあっさりと友達を裏切って。でも明らかに自分が損をする選択肢でも躊躇わずに選ぶ人もいる」
少女は横にある、先程読んでいた本を撫でながら言いました。
「・・・どう考えても合理的じゃありません」
旅人は周囲に散らばめた木片を1つ拾い、火力の弱まった焚き木に投げつけました。
「ハハ。たしかにそうだね」
先程まで座っていた場所に戻り、地面を見ながら続けます。
「人間ってのは選択の生き物だと思うんだ」
「ずいぶん論理的ですね」
「自分でも似合わないとは思うけどね。」
「良かったらどういう考えか教えてください」
だらしなく垂れている眼鏡を掛けなおし、下を向いている語り手に視線を向けます。
「何万もある見方の一つかもしれないけど」
「はい」
「例えばA、B、Cの道があるとしよう。人間はそれぞれ行きたい方に進んでいく。ここで三種類に分かれる」
「そうですね」
「さらにその先の道が分かれているとすれば、Aの先にはD、E、Fの道。Bの先はG、H、Iの道があって、CにはJ、K、Lの道だ」
「ややこしいですね」
「自分で言って混乱してきたかもしれない」
ニコっと旅人は笑って、上にある空を見ながら述べます。
「たった2回の選択だけでも、9種類の人間が生まれる。そして人生は選択の連続だ。だから同じ人間なんていないし、個性ってものが出るのも必然なんじゃないかな?」
旅人が見る空は、ほとんど背の高い木に遮られて何も見えません。それでも葉の隙間から見える星光は健やかに見えるのでした。
「参考になりました」
「どういたしまして」
ニコリと笑いながら切り株に座り、続きを開きます。
少女は眼鏡一度外して浅く深呼吸し、掛けなおしました。
♪
「キュウリ2個ね!」
「こっちはトマトと玉ねぎ3個ずつよ!」
「あ!ナスひとつ追加お願いしまーす」
「はひぃぃぃ!」
とても和やかで静かだった店内とは真逆に、注文の声と主婦の皆様の声が混ざり合い、聞き取るのがとても困難だったりするんです。
入り口は広く作っていますが元は普通の民家。満員御礼のお客様の数と熱気は自分を混乱させるのに十分な力を秘めています。
「奥さんんんんんんンンンンンンン!救援を申請しまぁぁぁぁぁすぅぅぅ!」
大声で助け舟を呼びますが
「こっちも手一杯なのでがんばってねー♪」
「そぉぉぉぉんんんなぁああぁああ!」
即刻孤立無援宣言をいただきました。奥さんそんなあっさり・・・泣きたい・・・。
「キュウリまだですかー!?」
「トマトはぁー!?」
「勘定ここに置いとくねー」
「ただいまぁすぐにぃぃ!」
お客様の声に応えるべく、賑やかな店内を、従業員用の通り道を使ってちょこちょこ走り回ります。が、新しい注文のスピードと同速なので仕事は減りません減りませ・・・ん・・・。
「今しばしお待ちをぉおおお!」
♪
「今帰ったぞぅ」
「・・・ただいまっすー」
両肩にダンボールを担ぎ、お二人が帰ってきました。本業の店長さんはともかく、その補佐はだいぶ体力が尽きている様子です・・・半ば息が切れながらもふらつくこと無く荷物を持っているのは流石ですね。
けれど収穫を手伝ったのか服に土等がいっぱいついています。
「あら、おかえりなさい」
「おかふぇりふぁさぁぃぃ」
お迎えの言葉を語りますが明らかに日本語を使ってない人がいますね。い、いえ!ふざけてなんかいないんですけど・・・仕事が・・・仕事がぁ大変で・・・!不良さん!そんな哀れみの眼を向けないでくださーい!?
「今日は全商品大安売りだから、在庫も含めてほとんど空になりましたよ」
笑顔で営業結果を伝える奥さん。それに頷いてダンボールを店内奥の貯蔵庫に向かっています。ちなみに畳の部屋を越えた奥にあります、左奥が店長さんと不良さんが目指す場所で、もう一つの道の先にはキッチンと大型テーブルを備えた地点があります。
「ほらほらっ。次はご飯だから立ちなさいな」
「え!?お食事までお世話してくれるのですか?!」
「それくらいは面倒見るから安心しなさいな」
目を細めて笑ってくれる奥さま・・・自分は今もーれつに感動しております!
「いいのよいいのよ、それじゃあ料理を手伝ってくれるかしら?」
「あ・・・・え?」
自分は笑顔のまま固まりました。
「ご、ご飯は作ったことはなくて!あの!」
「それじゃあいい経験だわ、ついてきなさ〜い」
楽しそうです・・・そ、それでも店長さんも不良さんもお食べになるのに・・・・!?
「あわわわ!」
容赦なく腕を掴んでキッチンまで連行されます・・・。や、やるしかないのでしょうか・・・!? お母さん、自分に力をぉ!
♪
「ほら、ちゃんと切れてないわよ?
お湯が沸けたわ、ガスコンロの使い方は教えたから大丈夫ね?」
「は、はいー!」
奥さんスパルタ・・・手伝わないのは一人だったらすぐに終わるからなんだろうなぁ。役立たずにならないようにがんばらなければ・・・!
「これをこうやって・・・」
初めて触る調理器具、お母さんは危ないからって使わせてもらえなかった包丁もすっかり右手に馴染んできました。
火の弱めるなんてのも初体験で、思っていたより硬いお野菜さん達を真っ二つにしたり。
「ちょっと楽しいかも・・・」
「新しいことに挑戦するのはいいことよ、人生のどこかでそれが必ず約に立つんだからね」
「は、はい!」
切った野菜をお鍋の中に入れ、奥さんに言われたものも次々と投入していきます。
あわっ、お湯が跳ね返って熱い・・・。
「よくできました、それじゃぁ次は−−−」
♪
「はいはいお待たせしましたー♪」
「待ってましたぁぁ!」
「ッォオ!カレーじゃないっすか!」
とても楽しそうな奥さんにお腹を減らした不良さん達、なんだか恥ずかしいです・・・。
「ほーら、隠れてないで堂々としなきゃ」
「あ、そんな!」
こっそり背後に隠れていたのに押し出され、全員の視線を一身に受けてしまいます。 ・・・そんなぁ。
「ああああの―――」
「「「・・・」」」
言わなきゃ言わなきゃ!このカレーは・・・自分・・・で・・・つく・・・
「これは・・・自分が・・・が、が・・・ガハハハハハ!」
「はぁ!?」
椅子から立ち上がり、即座に不良さんが反応。は、早いですよ。
「だ、だって!死刑勧告出すようなものじゃないですか!?」
「なんで飯時にんなもん貰うんだよ!」
「素人を舐めてると痛い目に遭うのが大自然の掟じゃないですか!」
「ここは都会だ!!」
「元気ねぇ・・・」
「若いってのは財産だな、このカレーはあの子が?」
「ええ、張り切って作っていましたわよ」
「おいしいじゃないか、馴れていたのか」
「いいえ今日が初めてですって、味見のときに驚いたわ」
「それなら今度は俺が作ろうか?」
「・・・遠慮しておきます」
こ、こうして凄く賑やかな晩御飯タイムは終わり、お店のお片づけとお皿洗いに勤しみました。洗い物は慣れているのでサクサク進み、お店も細かいゴミをとるだけで、ほぼ完売状態なので他にやることはありませんでした。
「それじゃあお風呂に行ってきなさい」
「お、お風呂ま(以下略)」
自分の反応は単純なのかなぁ・・・、全部わかったような顔してたな、奥さん。
お風呂に向かいながらそんな事を考えます。それにしても毎日新聞配達や夕刊やら内職やっていますが、こんなに疲れたのは久しぶりです・・・、ゆっくり浸からせてもらいましょう。
どんな湯船なのかな。
「―――マジですか」
慣れない現代語を使い、精一杯今の心情を表そうとします。これほどの驚きは生まれてから数えるほどしかないはずです。
だって・・・だって・・・
「ドラム缶だなんて・・・!」
片膝をつく自分が居る場所は、一見普通のお風呂場、適度に広いスペースがあり、小さな窓もあります。鉛色に渋く輝く湯船の下方には無理やり壁を粉砕したかのような穴があり、そこから炭カスが見えます。
「おまけにお湯の量が少ないです・・・」
たぶん前に入った店長さんとおぼしき方が、とても豪快な入浴をしたのでしょう。まともに入るには少なすぎる水分しかありません。
缶の真横にあるホースで水増しすればいいのですが・・・。
絶対にお湯は出てこなさそうだから水風呂になってしまいます。
「こ、こうなれば・・・!」
♪
「で、俺様か?」
「すみません〜・・・」
壁越しに謝っていますが、いいお湯です・・・。加熱部からは少し距離をおきつつ浸かっていれば熱すぎずに普通のお風呂と同じようなものに感じてきます。
液体温度が人間には合わない温度でしたので不良さんに外で火を点けてもらっています。怒ってるかな・・・。いやっ、次に入るんだし問題無いはず!
「ったく・・・俺は朝風呂派だから入らねぇのに」
「え゙」
体が硬直します。
「それよりお前って結構あつかましいよな」
「そ、そんなことは―――」
「普通は湯沸しにフーッ、今日会ったばかりの奴をハーッ、使わないぞ」
竹筒を吹きながら痛いところを言ってくれる不良さ・・・ん。
「すみません・・・」
考えて見れば
初対面の人についていってバイト先にお世話になりつつ竹筒吹かせるのはかなり失礼に当たるのでは・・・。
「まぁなんだかんだ言って実行する俺様も俺様だ。次からはもう少し行動力控えておけよ」
あぁ・・・やっぱりこの人は優しいんだ。だから自分の無茶苦茶な常識に合わせてくれていたですね。
明日からは自分が足並みを揃えてみよう。
「不良さん・・・」
「ん?」
「いいお湯ですっ」
「こいつは・・・」
明るく喋る自分にため息をつく不良さん。なんとなくですけど、少し笑ってるような気がしました。
♪
「いいお湯でしたぁ〜」
「それは良かったわね、体が綺麗になると気分も清々しくなれるのが健康の証拠よ」
短い髪に水滴が残りながらも寝床に案内してもらっています。家の一番奥にある貯蔵庫のすぐ横に階段があったので少し驚きました。普通はもっと手前にあるものだと思うんだけどなぁ。
そんな疑問を口に出さないまま一段上るたびに不吉な音を奏でながらも2階に辿り着きました。 構造は至ってシンプルで、前方と右手に襖があって自分はその右手で寝てねと言われました。部屋に入る直前に
「あの、今日はありがとうございました・・・」
何度も喋ろうとしたけれど、忙しさや恥ずかしさに負けて今まで先送りにしていました。それでも今日中に伝えることができて良かった。
「何言ってるのよ」
「ほへ」
想定外のお言葉にまぬけな声を出してしまいます。おかしなこと言ったかな・・・、それとも今更って呆れられたのでしょうか・・・!?
「人手が足りないのを手伝ってもらって、食事の手伝いもしてくれたのに」
「あ・・・」
それでも食事は手伝うと言うより教えてもらったような
「いいのよ、教えるのは結構楽しいのよ?」
「奥さん・・・」
涙腺が緩んできます。都会にやって来てすぐさま騙されたりしましたが、今はこんなに優しさに触れることができます。
嬉しいです。
「だから、今日はありがとうね」
ちょっとでも誰かの役に立てたんだ・・・。お荷物になってばかりだと思っていました。
「ありがとう・・・ございます」
「明日もよろしくね」
細い眼を見えないくらいにし、微笑む奥さん。こちらこそ・・・!
「あ、そういえばこれ」
手をとって赤い物体を渡されます。なんだか先が丸い針の様な物体がたくさんついています。
「ただの櫛よ、私のお古なんだけど、女の子なんだから髪の毛くらい整えないとね」
「あ!櫛ですか・・・って奥さん自分は―――」
「それじゃ、おやすみなさいー」
迅速な動きで1階に降りてしまいました・・・。
♪
「ふぅ・・・」
普段は空き部屋なのか、3畳半くらいの部屋は布団以外なにも置かれていません。電球は紐で引くタイプのもので、必要最低限の部屋と言えましょう。急に来たので、不良さんはともかく自分の場所まで綺麗にするのはできなかったようです。 でもこの位の方が落ち着くんですけどね。それにベランダにもでられるようで、自分的には気に入りました。
「それじゃぁ寝ようかな」
布団に入り込み、瞼を閉じて夢の世界に―――
「また起きてるかい!?」
「へ!?」
起こされました。
「すまんなぁ。今日の日給渡すのを忘れてしまってなー!」
「ここまでお世話になっていますし、いらないですよ」
ご飯代とかお風呂代とか掛かっていると思いますし。なんて考えてる間に店長さんはエプロンから封筒を出して
「住み込みのバイトみたいなもんだ。遠慮はいらん!」
「あ、ありがとうです」
無理やり渡してくれました。い、勢いに負けた・・・。
「と言っても時給換算だと安めなんだがな。まぁ見てくれ」
「あ、はいです」
封筒のノリを丁寧に外して中からお札の枚数を見ます。
「えっと1枚2枚3枚・・・4ま・・・・い5ま・・・・・・・・」
更に小銭まで・・・眩しくてこれ以上は見れません。
「店長さん!」
「どうしたんだ?やっぱり少なかったか―――」
「それは自分は大変ですが!それとこれは別にして!お金を恵んでもらうのは絶対だめです!!」
「なにを―――」
「皆様がお優しいのは理解できています!しかしそんな人達のお財布から情けによりこんなに頂くわけにはいきません!!」
田舎での何日分のバイト料だろう。フルで働いてもいないのに・・・! お金は情に甘えて貰うわけにはいきません!
「あーっと。何か勘違いしているようだが。これは他と比べると安いくらいの給金だぞ?」
「またまたそんな嘘を・・・!!」
「本当だって」
「・・・・え」
そんなだって・・・・え・・・ありゃ・・・。
「都会のバイト料は多分そっちよりずっと高いぞ。何度も言うがここは安いくらいだ」
「・・・・」
「まぁ労働の正当な代価だ。負い目を感じることは何も―――」
「えーーーーーー!?!?」
そんな!?一週間ほど雇ってもらおうと考えていましたが、これなら明日一日働けばお父さんに会いに行くのに十分な金額になります!
そんな・・・!都会ってすごい・・・!!
「眼が銭に・・・苦労してたんだな・・・」
「っは!壮絶な手間をかけさせてすみません!」
「気にするな、こっちも給金が少ないから人手が足りなかったからちょうど良かったよ」
豪快さと爽やかさをブレンドした男らしい笑みを浮かべる店長さん。体格も巨大だけど、器もアトミックな人なんですね。
「そーだそーだ、これをやろう」
なんだか聞き覚えがあるような・・・。
不良さんよりもゴツゴツとした、自分の2倍くらいの質量の手から黒く鈍い光を持つものを渡されました。
これは・・・鉄アレイ。ずしりと腕が下に落ちます。
「男なんだから鍛えるんだぞ!」
「あ、あの店長さん自分は―――」
「じゃーなー」
どこかと同じ光景を彷彿してくれた店長さんは、次の瞬間には部屋からいなくなっていました。この家の夫婦には加速装置でもついでいるのでしょうか・・・。
♪
「どうしようかな、これ・・・」
二つのプレゼントを見比べます。しかし片方は自分にはいらないのですが・・・。
「まぁ寝ますか」
細かいことは考えずに改めて布団にもぐりこみます。いろいろあって少し重い体を横にして、ふかふかとした感触を心地よく味わいながらベランダに眼を向けます。
ビルみたいなものが建っていますがギリギリ空を見ることはできるようです。 雲一つないのですが、星はあまり見えません。光の強いのが2,3個見えますが・・・人工衛星かもしれません。
ここは田舎とは違うのだと実感させられます。
「お母さ・・・ん」
自分は今とても優しい人達のおかげで今日を過ごせました。また苦労するかもしれませんが、なんとなく大丈夫な気がするんです。
「さて、明日に備えて」
ゆっくりと睡魔に身を任せます。
明日は何があるかな。
・・・早くお父さんに会えるといいな。
だけど今日のところは
「おやすみなさい」


